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「知らない」
兵舎に戻るころには、とっくに日は沈んでいた。俺はまっすぐリアンの部屋へと急いだ。買った指輪を早く渡したかったからだ。
リアンの部屋は明かりが消えていた。
カーテンが開けっ放しの窓から白い街灯の光が入っている。
ベッドを見るとリアンが静かな寝息を立てて眠っていた。
靴も脱がず、仰向けで大の字に寝そべっている姿は大きな子供のようだ。
その頬に触れようと無意識に伸ばした瞬間、その手首をリアンに掴まれた。
リアンは眠たげな目で俺を認めると、寝ぼけた声で俺に尋ねた。
「……警報鳴ったのか?」
「バァカ」
思わず吹き出してしまった。
俺の言葉にリアンも目が覚めたのか、苦笑して身を起こした。
「警報もないのにシャドが来るなんて珍しいから」
リアンは不思議そうな顔で俺を見る。
彼の言う通り、俺は何か用事でもない限り部屋を訪れることなどない。
指輪を渡しにきたはずなのに、いざそのチャンスが巡ってくるとその恥ずかしさに逃げ出したくなった。しかしさっきの宝石屋の店主の言葉を思い出し、踏みとどまる。
無意識にポケット越しの宝石箱に触れて、心を落ち着かせた。
今日はこれを渡すまでは帰らない。
しかしどうしても勇気が出ずに逃げの誘いを口にした。
「……飯、食いに行くか? まだ食ってねぇだろ」
「『外』に?」
リアンがあからさまに怪訝な表情を浮かべた。
彼は基地の外が嫌いだ。
今まで何度か遊びに誘ったがことごとく断られてきた。
俺は努めて明るく言い放った。
「嫌な顔すんじゃねぇよ。今日で最後だろ。祝おうぜ」
「……まあ、いいけど」
リアンは一瞬考えた後、渋々といった感じで頷いた。
そして ベッドから起き上がると机の引き出しから鍵を取り出した。
リアンは鍵のついたキーリングに指を引っ掛けて、くるくると回した。
パッと見た感じ、かなり古いタイプの車の鍵だ。
「お前、車なんて持ってたのか」
「チーに古い車もらった。少しはこれで『外』に出ろって」
「ふぅん。成果あったのか?」
リアンが車を持っているなんて初耳だった。
俺はクローラを降りたリアンのことよく知らないのかもしれない。
「まあ、それなりに。一人で山とか走ってる」
(チーはお前に山を走らせる為に車をやったわけじゃねぇと思うんだが)
ついそんな意地悪が口をついて出そうになったが、喧嘩になりそうなセリフは言わないでおく。
代わりにリアンの背中を叩いた。
「頼むぜ。せっかく生還したのに、車で事故って死ぬとか笑えねぇからな」
軽口を言ってみたが、リアンは妙な表情で鍵を見つめていた。
その表情から不安が見て取れて、俺は口端を引きつらせた。
「おい、黙るんじゃねぇよ。不安になるだろ」
俺がそう言うと、リアンは照れたような、はにかんだ笑顔を見せた。
その笑顔は普段戦闘や訓練で見せる顔より幼く見える。
「慣れてるつもりだったんだけどさ、実は少し緊張してる。助手席に誰か乗せるの初めてだから」
素直なことをいうリアンに俺も照れくさくなってしまい、何も言わずに部屋を出た。
二人で並んで廊下を歩いた。
いつも訓練やら戦闘やらで慌ただしく走り回る廊下をのんびりと歩くこと自体、初めての経験だった。
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