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「格式」

リアンの車は見たことないぐらい古い軍用車だった。 緑色のボディに大きなタイヤ。屋根も扉もなく、クッションなんて概念がなさそうな座席が二つ並んでいる。そして、運転席にむき出しに伸びたハンドルがひとつあるだけだ。 ビンテージカーといえば聞こえはいいが、かろうじて動いているだけの車と言った方が正確だった。 リアンの運転は思いの外、慣れていた。 かかりにくいエンジンにも苛立たず、発進する時は掴まれと一言入れてから、じゃじゃ馬のアクセルを踏んだ。 しかしシフトレバーが引っかかるのをねじ伏せるようにギアに入れているのを見ると、レバーが折れるのも時間の問題だろう。 風に混じって砂が襲いかかってくるので、俺はしかたなく尻をずらして、フロントガラスから頭を出さないよう座高を低くした。 俺の姿にリアンは横目で見て小さく笑う。しかし、何かを口に出して言うことはなかった。 俺たちの間に会話らしい会話はなかった。 今まで四六時中一緒にいた俺たちだったが、話すことはいつだって戦いのことばかりだった。 今日の動きはこうだったとか、次はこう動こうとか、俺たちの生活の軸にはクローラがいた。 クローラを降りた今、俺たちの間を繋ぐものはなんだろう。 馬鹿高い婚約指輪まで準備して、俺はこの男を喜ぶ言葉の一つも思い浮かばない。 結局、会話のきっかけを探しているうちに、街に着いてしまった。 行くあてもないまま、とりあえず大通りを抜けて行く。 人通りが多くなっていくにつれ、リアンの顔が引きつっていった。 田舎町とはいえ、夜の繁華街にこのオンボロ車は人目につく。 場違いの軍用車に通行人が時折ぎょっとした顔でこちらを見る。 そんな視線に耐えきれなくなったのかリアンが青い顔をして俺を見た。 「シャド……早く車を停めたい」 「あぁ、じゃあ、そこにレストランあるから停めろ」 俺は目についた洋館のレストランを指差した。 車は速度を落とすにつれ、ゴトゴトと音を立てて上下に揺れる。 洋館の正面で軍用車は停まった。同時に、リアンは力尽きたようにハンドルに倒れ込んだ。 「大丈夫か」 「……昼間より人がたくさんいる」 「そりゃ、そうだろ」 『外』が苦手だとは知っていたが、これほどまでとは。 こんなことで明日からどうやって生きていくつもりなのか。 俺はハンドルに沈むリアンの襟首を掴むと顔を上げさせた。 眉を八の字にさせたリアンと目が合う。 だから嫌だったんだと言わんばかりの顔だ。 「しっかりしろよ、情けねぇな」 「ごめん」 「俺が付いてんだろ」 まだモジモジしているリアンの返事も待たず、俺は車を降りた。 しかし、正面の馬鹿でかい門と立派な両開きの扉を前にして、俺の足は止まった。 どう見ても高級店だった。それも桁外れの。 ドレスとタキシードを着た老夫婦とすれ違う。それに比べて自分たちは薄汚れた軍服だ。 路肩を見れば、俺達が乗ってきたオンボロ車の周りには高級車が並んでいた。 車から降りてきたリアンは不安そうに俺の隣に来た。 「なあ、ここに本当に入んの?」 「ああー、うん」 「でもさ……」 「うるせぇな。黙ってついてこいよ」 そう言ってみたはいいものの、正直俺もこんなレストランは場違いだと感じていた。しかし、リアンに格好悪いところを見られたくなくてつい意地を張ってしまったのだ。 歩を進めると、タキシードのような制服に身を包んだドアマンが柔和な笑みを浮かべ、しかしその笑みとは裏腹に俺の行く手をしっかりと阻んだ。 「ご予約は?」 「してねぇけど」 その瞬間、ドアマンの口元から笑みが消えた。 まるで値踏みされているような視線に俺は居心地が悪く、隣にいたリアンを背中で隠すようにして一歩前に出た。 「なんか問題あんのか?」 「申し訳ございません。あいにく満席でして」 ドアマンは全く悪びれずに言い放つと、冷たい眼差しを俺達に向けて続けた。 「当店は格式ある宮廷料理を提供しております。そのため、お客様にも正装でのご来店をお願いしております。申し上げにくいのですが、そのような格好での入店はご遠慮願いたい」 有無を言わせぬ迫力にぐっと言葉に詰まった。何か言い返してやろうと思ったが、後ろにいたリアンが帰りたそうに俺の背中の服を引いた。 ここで揉めたところでどうしようもない。 俺はぐっと堪えると、吐き捨てるように言った。 「わかったよ」 (くっそ、めちゃくちゃカッコ悪ィ……)

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