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Ⅲ
「春杜さん、ストーカーに付き纏われてるって?」
膝に乗った春杜の鎖骨へ、首筋へ口付けながら秋瀬は心配そうに春杜へ尋ねる。
付き合ってからの半年間、電車を乗り継ぎ一時間半程度要する春杜の自宅よりも春杜が秋瀬の部屋に来るばかりだった。徒歩十分の距離にある冬榴の部屋でさえも秋瀬は一度も訪れたことは無い。週に何度もバイト先で顔を合わせる冬榴の部屋にわざわざ足を必要も無く、ルームメイトである夏井からのクレームが無い限りは秋瀬が春杜を部屋に連れ込んで事に及ぼうとも何ら問題は無かった。
「冬榴から聞いたの?」
秋瀬が春杜のストーカー被害についての話を冬榴から聞いたのはつい先日のことであり、秋瀬は春杜の恋人であるのだから知っておいた方が良いと思ってという冬榴の気遣いはありがたいものだった。
それでも秋瀬が気にかけることが出来るのは春杜が秋瀬の部屋に来る行き帰りの間までのことで、一度も招かれたことのない春杜の自宅周辺で何かあったらと考えるだけで気が気では無かった。
秋瀬は愛しい恋人をベッドの上へと押し倒し、造形の整った可愛らしい顔を改めて見下ろす。春杜の年齢を改めて確認したことは無く、親戚であるという冬榴が春杜に対して時折敬語を使っていることから多少年上であるだろうということは理解していたが、それでも良くて二十代後半、時折大学生や高校生のように若く見える時もあった。
考えてみれば秋瀬が春杜にとって知っていることはそう多くない。二年来のバイト仲間である冬榴の親戚だというだけで具体的な関係性は分からない上、いつだったか冬榴にそれとなく尋ねてみたこともあったが上手くはぐらかされてしまった。
最初は顔に惚れて、一度だけセックス出来ればそれで良いと考えていた。ただ冬榴の親戚であることから、これまでの相手のように無碍な扱いは出来ないということだけは頭に留めていた。無垢で清純で性的なことなど何も興味が無いというような顔をしていた春杜は、一度身体を重ねればその妖艶さやひいては強く相手を引き付ける魔性のようなものがあった。
だからこそ、秋瀬は聞かずにはいられなかった。
「冬榴とも、ヤってんだろ」
「ヒロが考えるような関係性とは少し違うけどね」
悪びれる様子も無く、秋瀬の下で春杜は笑う。明確な否定をしないということは秋瀬の中にある疑惑が肯定されたのも同然で、冬榴が春杜について詳細を明かさないことも、春杜の自宅を知っているのが冬榴だけであることも納得出来てしまう。
「俺はっ、春杜さんだけでいいのに!」
最初は店に客として現れた春杜の見た目に惹かれて、冬榴の親戚であるということを知ってからは何とか紹介をして貰えるように頼み込んだ。一度身体を重ねてからは春杜自身に魅了された。それを魅力やフェロモンと称するならば、一番側に居る冬榴が魅了されていないはずが無かった。
どれだけ秋瀬が春杜を求めても、春杜が求めるのは秋瀬だけではない。一向に自宅に招かれない理由もそこにあるのかもしれない。ストーカー被害に遭っていることを自分ではなく冬榴に伝えていたことが何よりも秋瀬の矜持を傷付けていた。
春杜はその白く長い両腕を伸ばし秋瀬の首へと絡ませる。金色の襟足を指先撫で、耳の裏をなぞりながら秋瀬を自分の側へと引き寄せ、そっと耳元で囁く。
「ヒロ以外に抱かれる俺のことは、もう嫌?」
「そんなんでっ……嫌いになれたらこんなに苦しくねぇよ……」
嫌いになれたらどんなに楽だったかも分からない。それ以上に春杜を求める気持ちの方が強かった。
「春杜、春杜っ……」
抱きしめれば簡単に折れてしまいそうな細い腰を抱き寄せて、ただ欲望に忠実なまま春杜の身体を求める。心が手に入らないことを分かっているからこそ、せめてこの瞬間の身体だけで自分のものであるようにと。
一心不乱に自分を求め縋る秋瀬のことをまるで子供を見守る母親のような眼差しで春杜は秋瀬を慈しみ、――そして低い声で吐き捨てる。
「――良く言うよ。お前だって冬榴とヤってる癖に」
二人の会話を決して盗み聞きするつもりは無かった。秋瀬が恋人を部屋に連れ込むのにはいい加減慣れた夏井だったが、勉強の合間にリビングへ飲み物を取りに戻った帰り、予想だにしない言葉が夏井の耳に飛び込んできた。
興味本位といえばそこまでだったが、二人の会話に冬榴の名前が出て来ることは珍しくなく、共通の知人であるなら当然でありながらもこの夏井の耳に飛び込んできた二人の会話は夏井の心を大きく揺さぶるのには充分だった。
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