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Confession -独白-
吸血鬼の中には怪力能力の他に蘇生能力、生き物との意思疎通能力に加え変身能力を携えている者もいる。しかし深雪のように変身能力を有していない柊弥は深雪を抱えたまま森の中をただひたすらと駆け抜けていた。
吸血鬼という存在は森の精霊たちに嫌われていたが、かろうじて柊弥でも意思疎通の出来る小動物が柊弥を正しい方角へと導いてくれていた。
抱き上げた身体は血で滑り、落とさないように強く自分の方へと抱き寄せる。怪力能力は身体能力の向上にも繋がっており、その点では今とても役に立っていた。
「ふたりは?」
「滝へ、向かわせました……朝には、市街地、にっ……」
痙攣するように深雪の身体が跳ねる。吐き出した血が赤い。もうどれほどの血液を失っているのかも分からなかった。
「あー分かった。もう無理に喋んなくていいから」
今の深雪の状態では滝の奥の洞窟を進むことは不可能だった。柊弥はともかく出血多量状態の深雪を抱えて滝の奥へ飛び込むということは、深雪の寿命を更に縮めかねなかった。
「……柊弥、俺は……死にますか?」
「このままだと出血多量で死ぬかもねっ」
血が止まったところで助かる保証はどこにも無かった。深雪が吸血鬼でもない限り、このままでは時間の問題とも考えられた。
多少遠回りをしてでも滝の洞窟を抜けずに市街地へ出られる道は存在していたが、こうして運ぶだけの時間でも深雪の身体に悪影響を与えていることには気付いていた。
何か言いたげな深雪へと耳を傾けつつも、柊弥の意識は深雪を安静にさせられる場所を探していた。
「どうせ死ぬなら……俺の血、柊弥に全部……あげますよ」
深雪が囁いたひとことに柊弥は足を止める。自らの体調に気付かないほど深雪が愚かだとは思っていない柊弥だったが、深雪自身からその告げられた言葉は柊弥にとって最も聞きたくないものだった。
「……縁起でもないこと言うんじゃないよ」
例えそれが事実であっても、そう思ってしまうことで意識と現実がそちらへ傾いてしまう。癌の進行と同じで、例え避けられない運命であっても気を強く持つことで避けられるものもあるかもしれない。
深雪は柊弥の腕の中、血に塗れた指先で柊弥の服を掴む。
「このままひとりで死ぬのが……怖いんです」
それは柊弥が初めて聞いた、深雪の弱気な発言だった。死に直面した時に初めて出る本音、これまでならば死ぬなら千影の側でと迷わず言えた深雪だったろうが、今はそれも言うことが出来ない。
「だから死ぬなら……柊弥、あなたの中で細胞の一部として生き続けたい」
種族の確執や全てのしがらみを放棄し、気付いた時柊弥は深雪と唇を重ねていた。
例えこの命が果ててもこの身体を流れる血液を食糧とする柊弥が取り込めば、深雪の細胞は柊弥の中で生き続けることになる。
それが何を意味する言葉であるのか、それを口に出すことでどのような責任が伴うのか、そんなことを考える余裕すらない深雪の真の願いだった。
柊弥が唇を離すと美しい二色の瞳が柊弥へと向けられていた。
「高貴な人狼サマからのお申し出は大っ変有り難いんだけど、生憎俺は深雪を死なせるつもりなんてないんだよ」
柊弥は深雪を抱えたまま雨風を凌げそうな洞窟の中へと身を寄せ、ゆっくりと深雪を下ろす。
「生きてるお前と、あのふたりが幸せになるの見届けないと」
「柊弥……」
だからもう助からないのだとしても、希望を持って欲しい。深雪が大切に思う千影の幸せを。柊弥は深雪を強く抱き締めた。
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