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第4話

「……宏実?」  黒々とした双眸がひたと注がれる。清廉でありながら、妖麗で凶々しい目だった。見る者を引き込まずにはいられない不思議な魅力があった。 「……!」  思わず宏実はおののいた。熱に浮かされたみたいな眩暈を感じ、その場によろめいた。 「わー、久しぶり! 大きくなったね!」  出会い頭にいきなりハグされ、ますます動揺した。  十九歳になった兄は……なんというか、ものすごく綺麗になってしまっていた。上品に整った容姿はどこか儚げで、奥二重のまぶたが優しそうな印象を与えている。やや長めの髪はバイオリンと同じ焦げ茶色、肌は陶器のようにつるりとなめらかだった。何の柔軟剤を使っているのか、衣服からほのかに甘い香りが漂っている。  ほぼ初めて兄の体温に包まれて、宏実の心臓は勝手に暴れ始めた。 「ちょ、ちょっと離せよ……!」  無性に恥ずかしくなってきて、宏実は綾人を突き放した。二、三歩離れたところで、まじまじと兄を眺める。 (この人、本当に俺の兄さん……?)  自分とは全然違う。もちろん父さんを若くした感じでもない。強いて言うなら、突然目の前にバイオリンを持った天使が舞い降りたような……。とにかく、想像していた「兄の姿」とは全然違った。長年離れて暮らしていたこともあってか、彼が自分の実兄だという感覚が全く湧かなかった。 「あ、ごめんね。つい嬉しくなっちゃって……」  拒絶されたと思ったのか、綾人の顔が少し曇った。そんな表情からも色気を感じてしまい、また胸が高鳴った。 「いや、別にいいんだけどさ……」  声が裏返りそうになり、宏実は二、三度咳払いをした。 「えー……その、なんだ……。さっきの、あんたの生演奏だったのか?」 「うん、そうだよ。ちょっと時間があるから練習しておこうと思って」 「上手かったけど、窓開けっ放しで練習すんのやめろよ。近所迷惑になるだろ」 「え? あ……そっか。ごめんね、次からは気を付けるよ」 「ていうか、練習したいなら地下の防音室に行けば? そこなら大音量出しても平気だし」 「あれ? 防音室なんてあったっけ?」 「ああ、そうか。あんたはずっと家にいなかったから知らないんだっけ」 「う……ご、ごめん……」  また綾人の表情が曇った。明らかに凹んでいる。 (……って、何言ってんだよ、俺!)  こんな言い方するつもりじゃなかった。「おかえり」とか「また会えて嬉しい」とか言えばよかったのに、見惚れていたのを悟られたくなくてつい突き放してしまった。  けれど最初にとってしまった態度を今更改めることもできず、宏実は綾人が帰るまでずっと喧嘩腰な態度をとり続けてしまった。  今思えば、これが大きな過ちのひとつだったのかもしれないが……。

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