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第8話
あれから十年。宏実も二十歳になった。
現在宏実は、某音楽大学に進学して作曲家になるべく日々勉強している。
作曲家はあらゆる楽器や音楽ジャンルに精通していなければならないため、学ぶべき事柄が他の専門職に比べて格段に多い。古今東西の楽器はもちろん、クラシックから今時のJポップまで、幅広い知識が要求されるのだ。「こんなに大変なら、普通にピアニストや声楽家を目指した方がよかったかな」とさえ思った(音大出てないシンガーソングライターだっているわけだし)。
それでも、「綾人に俺の作った曲を弾いてもらいたい」という気持ちだけは、ずっと変わらず持ち続けていた。誰に何と言われようと、その想いだけは揺るがなかった。
(とは言ったものの……)
五線譜に並べていた音符と睨めっこしつつ、宏実は眉間にシワを寄せた。
綾人に弾いてもらいたい曲。イメージはだいたい出来上がっているし、雰囲気やテーマも固まっている。あとは五線に音符を並べていくだけなのだが……最後の最後で何故か行き詰ってしまった。
「なんか違うんだよな……」
椅子に寄りかかり、天井を仰ぐ。
一応、最後まで書いてみたものの、この曲には何かが足りない気がする。バイオリン教室の練習曲として使われるならまだしも、これは綾人が弾く曲なのだ。プロのバイオリニストが弾く曲だと思うと、どうもしっくりこない。
一体何が足りないのだ? 後半の盛り上がりか? 基本的なテンポか? いや、でも実際に綾人が弾いてくれたら、案外イイ感じに聞こえたりして……。
その時、ピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴った。郵便かと思い、宏実は何の気なしにドアを開けに行った。
「……えっ?」
だが、そこにいたのは郵便配達員ではなかった。スーツケースを手にした美しい青年だった。
「……あれ、もしかして宏実?」
黒曜石のような瞳に自分が映っている。
不意打ちのような登場に固まっていると、彼はさも嬉しそうにこう言った。
「わー、久しぶり! 大きくなったね!」
兄の第一声は、十年前に再会した時と同じものだった。
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