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第4話

「イサーク」  シュジェールは、自分の膝をドゥールが押し戴くように掲げているのを見た。その手が、膝をやわらかに撫でて開かせようとしていた。 「ドゥール、せっかく彼の脚を開かせても服を脱がせないことには何も見れないよ」 「自分で脱ぐ」  イサキオスは、それを許さなかった。 「服を剥ぎ取られるのは嫌いかい? 鎧のように身体を守っても、君の心は弱く繊細だ。そのうすっぺらな自尊心も何もなくなるまで、今日はふたりで君を可愛がろう。楽しみだね、ドゥール」 「はい。皇子様は華奢で美しい。それに、とても感じやすい。素晴らしいご主人様です」 「おやおや、ドゥールは本当に君に夢中だ」  ドゥールの手が器用に下穿きのなかに入ってきた。服を脱がせる気はまだないらしい。 「ドゥール、そこはまだだよ。彼は上から順に、処女を抱くように愛撫してあげたほうが悦ぶんだ」  そう言いながらもイサキオスが右手をさしこむと、ドゥールは諦めて手をひっこめた。かわりに、イサキオスの唇がまだ触れていない左胸に手をのばす。 「手は触れちゃだめだ」  イサキオスはいったん手をはなすと、ドゥールの両手を後ろ手に縛る。 「イサーク様、何故……」 「まずは舌と唇だけで御奉仕しなさい。あとで弄らせてあげるから」  イサキオスは立ち上がり、蜂蜜をシュジェールの身体の上にふりかけはじめた。とろりとした蜜が脇腹をつたう。それだけで、シュジェールは不快感をくつがえす性感の高まりを予感し、首をふってそれを否定した。 「あ……や、やめろ」 「やめてください、だよ。シュジェール、君はもう私の奴隷だ。口の聞き方に気をつけなさい」  シュジェールはきつい瞳で見つめ返す。身体を自由にさせるだけで、そんな約束はしていない。イサキオスが、満足げに微笑む。 「好きにすればいい、と君は言ったよ。私は君を好きにする。もちろん、逆らってもいいよ。私たち相手に体力で敵わないことは承知しているはずだ。せいぜい、その愛らしい声で罵りたまえ。いずれ、お願い、と言わせてみせるから」 「死んだって言うもんか」 「それは楽しみだ。記録係を用意しよう」 「え?」   イサキオスが銀の鈴をふる。  まさか。 「お呼びでございますか、我が殿」  すらりと細身の従僕が入ってきた。こちらはイサキオスより年上の執事の青年だ。彼は、顔色一つ変えないで濃いオリーブ色の両目で三人を見つめている。 「リュシアス、今から私がいいと言うまで、彼が何をしゃべったのかすべて書き残すんだ。呻き声一つ、聞き逃すんじゃないよ。余裕があれば、そのとき何をされていたのかも記しておきなさい」 「かしこまりました」  リュシアスと呼ばれた青年は頬にかかる黒髪をはらい、文机から高価なパピルス紙と葦でできたペンを取ってそばの椅子に腰かけた。 「そのうちドゥールと交代させてあげよう」 「ありがとうございます」  シュジェールは大きく目を見開いた。そして、イサキオスを見上げる。 「君は、狂ってる……」  リュシアスのペンが紙の上を走る音が聞こえた。イサキオスはシュジェールの唇に自分の指を押し入れる。噛みつこうとしたが、頤をつよく握りこまれた。 「画家も用意すればよかったかな。ねえ」  イサキオスが、シュジェールの口腔を指で犯しながら問う。リュシアスがこたえた。 「組合から呼んできましょうか」 「いや、私が自分で素描するさ。そこらの画家よりはいい絵が描けるつもりだ」  シュジェールは、こんな饗宴に自分が生け贄として供されるとは想像もしていなかった。肌は、この暑さなのに粟立っている。 「怖いんだね?」  イサキオスがシュジェールの頬を撫でる。それからまた口のなかに指を挿し入れて舌を探り、真珠のような歯を撫で、口裏のやわらかな肉を蜜とともにこねまわす。 「大丈夫。君はすぐに我を忘れて声をあげるよ。今まで私は手加減してきただけだ。もう、君の身体のどこがどう弱いのかすべてわかっている。それを思い知らせてあげるよ」  シュジェールの目を、イサキオスがレースのハンカチで覆った。 「やめろ、やめっ」 「暴れても無駄だよ。ねえ、目が見えないと、その分、感覚が鋭敏になるんだよ。試したことがあるよね」 「はなせ、あ……んっ」  いくら暴れようとも、イサキオスは左手に彼の両手首をしっかりと握ってはなそうとしない。そして、シュジェールの首筋に歯をたてる。その合間にもドゥールは息を荒げ、彼の細い足の内側に舌を這わせていた。恐怖よりも肌の上を這う淫らな舌と歯の刺激に、自分の意識が捕らわれていくのを感じた。 「やめて、やめ」 「どっちを? 私か、ドゥール」 「こんなこと、おかしい。狂ってるよ」 「狂わせたのは君だよ。それは自分でわかっているね?」  そう言われて、シュジェールは唇をかんで声をあげるのを堪える。ドゥールの舌はとうとう彼の下腹部にある白百合の蕾に似たものに辿りついていた。肉食動物の舌のようにそれを舐る淫猥な音が、耳朶をうつ。 「いや、だ……やめろ」 「感じているくせに」  ざらついた気持ちが、イサキオスの囁きに煽られる。感じまいとすればするほど、脆くなる。喘ぎ声を洩らすまいとしても徒だった。 「こんなことをされる人間はこの国にはいないだろうね」 「そうそういてたまるか……狂人が」  満足そうな笑い声が首筋を揺らす。 「私の国でもどうかな? 君のような身分の少年をこんなふうに玩具にすることはないね。清廉な『神の子』のおわすすぐそばで、君は異教の男たちに弄ばれて悦楽に咽び泣く。素晴らしい経験だ」  背徳の罪は、シュジェールの身体をさらに敏感にさせる。それを知ったのは、この男と出会ってからだ。  イサキオスはシュジェールの胸の薔薇色の突起を指先に蜜をたらしては弄り、音をたてて吸い上げる。 「あああっ」  シュジェールの腰が高く浮く。ドゥールはすでに、彼の吐き出した白い果汁を飲み干している。一瞬にして、高みに昇らせられてしまった。イサキオスの言うとおり、ドゥールはそこらの高級娼婦などと比べられぬ手練れだった。  荒い息遣いを殺す間もなく、イサキオスの優美な手が萎れた蕾にまとわりつく。 「呆気なくいってしまったね。昨夜は誰にも慰めてもらわなかったんだ。それとも、私と会うから我慢してきたの? いい心がけだね」  紅潮した身体を震わせて、シュジェールは首をふる。 「いいんだよ。忘れられないようなことをしてあげよう。君が一生、味わうことのないような、淫らで恥ずかしい目にあわせてあげる。決して私を忘れられないように」 (イサキオス、イサキオス、僕をどうしようというんだ……)  三年も一緒にいて、イサキオスはまだ一度もシュジェールと身体をつなげていない。  では、それが今日なのだろうか。 「ここ」  イサキオスはシュジェールをうつ伏せにした。その指が、彼の雪のように白い腰の下を探る。シュジェールは身体を反らして、指の感触を振り払う。 「ここに、私は自分を埋めて君と一緒に楽しみたい」  シュジェールは、それを覚悟した。イサキオスがこの三年、シュジェールのために使った金は半端な額ではない。どんな高級娼婦だろうと払われたことのない代価だ。しかも、ただの金ではなく貴重な外貨だ。朝駆けの馬でさえ、ヒンダリオン大公国からわざわざ買い付けた名馬だった。  イサキオスはシュジェールの興味のもったものは何でも惜しげなく与えてくれた。押しつけられた、と言ったほうが正しいだろう。 「僕は、焦らしたつもりはなかった」 「ああ。知っているよ。それがいつなのか、君はずっと期待していてくれた」  シュジェールは素直にうなずく。一年くらい前から、イサキオスはそこを愛撫しはじめた。舌を丹念に這わせて濡れた音を響かせ、幾度も入り口を指が探った。が、深く指を挿し入れることはしなかったのだ。 「君は一度も、それ以上欲しいと言わなかったね」  言えるはずがない。シュジェールは女ではないし、前を嬲られて達していればその先など求めないでもいられた。 「君は私を欲していない。ただ、自分の欲望のために私の愛撫を受けているだけだ」  そう断じられ、シュジェールは自由になった左手で目隠しをとった。  イサキオスは笑っていた。  裸のシュジェールを抱きしめながら、彼は耳許で囁く。 「私は君に夢中だけれど、君は私を愛していない。私の与える快楽に酔っているだけで、君の心は私にないからね。君が、私を利用しようとしていることも知っている。それでもかまわない。欲しいものは何でもあげよう」 「イサキオス……」  シュジェールは美貌の貴公子を仰ぐ。  本当をいうと、利用するつもりでいたのは最初だけだ。そう思いたがっているだけで、シュジェールは自分がこの男に甘やかされ続けたことを十二分に理解していた。  でも、そうは言わない。 「私は自分を魅力の乏しい男だと思っていない。けれど、君の心の鍵がどこにあるのかわからない。それに、どんなに快楽に溺れようと、君はどこかで快楽そのものを否定しているように思える。それが、君が主という奴に恭順しているせいかわからないけれど」 「僕は、善き信徒ではないよ」  シュジェールは本心で、告白した。淫靡な行いに溺れたのは、どんなことをしても罰が下されないことに絶望したせいかもしれない。姦通も男色もシュジェールを戒めることはなかった。罪を犯しても罰は落ちない。  それは、酷い裏切りに思えた。 「そうだね。主を磔にした男の末裔とこんな淫らなことをして、平気で主神殿に赴けるのだから」   イサキオスが再び笑い、シュジェールの身体を抱えなおし、両肘を真紅の柘榴模様の長椅子につけてうつ伏せにした。  主の受難を意味する東方の果実。ひとの身体のなかをのぞいたように、紅い。 (吉祥果ともいうらしいが……)  肉の裂け目に似た皮と鮮血のような紅い粒を思い、シュジェールは目を閉じた。 「さあ、おしゃべりはこれで終わりだ。君の甘い喘ぎ声を聞かせてもらおうじゃないか」  それが、長い性宴の始まりの合図だった。

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