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2 きっかけ(3年前)②
「片瀬、災難だったな。
普段は受注状況なんて、課長は見てないのに…
たまたま見られちゃったみたいだ。
俺の確認不足なのに悪かったな。
悪いんだけど、今日の午後、A社に一緒に行けるか?」
俺のミスだと責めることはせず、先輩は困ったように笑って俺に声を掛けた。
「は、はい」
「良かった。
A社の担当者はそんなに怒ってないから心配ない。
あ、製品上がったら、俺に連絡来るようにしてあるから、連絡が来たら片瀬に声かけるな」
そう言って俺の肩をぽんと叩くと、慌ただしく走り去った。
辞めた新入社員の仕事が自分のところに戻ってきて大忙しのはずなのに、たった1つの案件すらこなせなかった俺を叱りすらしない…
俺は自分の無能さを呪った。
謝罪に行く道すがら、小型のトラックを運転する先輩に声を掛けた。
「三上さん、俺の確認不足で仕事増やしてすみません」
「え?ああ、全然大丈夫。
っていうか、ちゃんと伝えられなかった俺が悪い」
「でもっ、俺、ちゃんと言われてたのに…」
「いや、念押ししなかった俺が悪いよ。
入社して半年で急に部署替えって言われて大変なのに、しょっぱなからイレギュラーな大手のお客さん任せちゃったしな」
「それでも、すみませんでした」
「ははは。課長の前でもそのくらいしおらしく謝ればすぐに許してもらえるのに…、やっぱりα同士だとそうなっちゃうもんなのか?」
「どうでしょう…」
課長、αだったのか。
まあ、仕事はできるか。
お腹がタプタプすぎて、αらしい見た目の良さや生物としての強者っぽさを感じなかった。
「それに、片瀬は俺と違って仕事ができる。
だから、こういうことは俺に任せて、お前は伸び伸びやってくれればいいよ。
これに懲りずに、長く勤めてくれると助かる」
ふっと先輩…、三上さんが笑う。
嫌いなタイプだと思っていたけれど、今日の一件でだいぶ印象が変わった。
A社に着くと、卑下た笑いを浮かべた担当者が待ち構えていた。
俺を一瞥し、一瞬表情を鋭くしたが、三上さんを見て再度厭らしい笑みを浮かべた。
「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
こちらはつまらないものですが、よろしければ皆さんで召し上がってください」
三上が頭を下げ、菓子折りを差し出した。
担当者は受け取り際、三上さんの手を触った。
「いえいえ、特にうちの製造に影響は出ませんでしたので。
…、よければ、今度ご一緒に食事でも」
「えっ…、あ、ああ、そんな。
俺にはもったいないお話ですので…」
三上さんが気まずそうに断ろうとしている。
「納期に影響が出ていないので、三上さんのご対応次第では上にも報告しませんが?」
「えっ…」
なんて汚いやつなんだ。
俺は耐えきれず割って入った。
「でしたら、俺もご一緒しますよ。
新しい担当は俺になりますので」
そいつと笑顔で睨みあう。
「えっと…、あ、すみません!
俺たち、この近くの取引先に行かなくてはならないので!
この度は誠に申し訳ございません。
行くぞ、片瀬」
三上さんに強引に腕を引かれ、A社を後にする。
「いつもあんな感じなんですか?」
「うーん…、やっぱり俺がΩだから舐められやすいんだよなぁ。
Ωなのに、美人じゃなくて親しみやすいから、懐に入りやすいんだけどなぁ…、たまにいるんだよ。
不細工でもΩなら良いっていう奇特な人が」
「なるほど。
っていうか、三上さん、Ωなんすか?」
「そうだよ。
あんまり見えないだろ?」
そういわれてジッと三上さんを見る。
確かに目を引く美人ではないし、34歳っていう年相応に見える…、けど体格は割とΩっぽい。
「Ωなのに独身なんですか?」
「なっ!?そうだよ!!
まったく、可愛くない後輩だ」
今時、30超えのΩで独身ってかなり珍しい。
生涯年収を考えると、やはりヒートのあるΩは1人で稼いで生きていくのに苦労すると思う。
「あれ?
三上さんってヒートとかあるんですか?」
「お前な…、はぁ、まあ隠してないし、いいか。
若かりし頃はそりゃ俺にもあったよ。
でも、30超えたらなんか枯れてきたっぽいんだよな。
抑制剤飲めば、ちょっと体調悪いなぐらいで終わる」
「…、へぇ」
こりゃ結婚できないな。
「結婚できなさそうって思っただろ」
ズバリ言い当てられて俺は「すみません」と小さく謝った。
「ははは、お前、良くも悪くも素直だよな。
つまり、そういうことだから気にすんな。
帰ったら今日の始末書書くぞ」
「了解です」
始末書を書くということは、三上さんはあの担当者と食事にはいかないようだ。
俺みたいなぺーぺーが、なんでA社のような大手企業を任されたか合点がいった。
おそらく、三上さんへのセクハラ防止策だ。
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