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5 救世主

俺は、助かったと思い、手を振りほどいて「すみません、会社からです」と言って、個室を後にした。 居酒屋を出て、画面を確認すると片瀬からだった。 何か急用だろうか? 時間外に珍しいなと思って通話に出る。 「もしもし?三上さん? まだ接待中でしたか?」 クソ生意気な後輩だと思ってたやつの、いつもの耳当たりのいい声が聞こえて、俺は力が抜けた。 「片瀬…、接待中だわ…」 自分でも声が震えているのが分かる。 「何かあったんですか?」 途端に片瀬の声が鋭くなった。 なんで電話越しの一言でそんなこと分かるんだよ。 「なにもねぇよ」 いつも通り、「用もないのにかけてくんな」と笑いながら切れたらいいのに、俺は携帯を耳から話すことが出来ない。 この通話が切れたら、またあの場所に戻らなきゃいけないと思うと、足が竦んだ。 「何もないって感じに聞こえないんですけど。 はあ…、今日の接待、駅前っすよね? タクシーで向かうんで、今すぐ接待を切り上げて駅前で待っててください。 ちなみに経費でタク代落とすんで、絶対にそこにいてください」 「えっ…」 反論する余地も無く、通話が切られた。 過保護すぎるだろ…、けど、正直助かったと思ってしまう自分もいる。 まあ、経費どうこうというところは、流石だとは思ったけども。 俺は個室に戻り「ちょっとトラブルが発生してしまって、急遽戻らなくてはいけない」と言った。 怖すぎて常務の顔は見られなかったが、担当者は「金曜のこの時間に!?気の毒ですね…」と同情してくれた。 フラフラの足に鞭打ってなんとか、駅のロータリーに向かう。 ベンチに腰掛けて数分すると、1台のタクシーが停まり、普段着の片瀬がおりて走ってきた。 髪をセットしていないからか、いつもよりも若く見える。 「三上さん、大丈夫すか?」 「大丈夫だって電話でも言っただろ。 わざわざ時間外に来なくてもよかっ…」 俺が言い終える前に、片瀬に手を引かれる。 酔っている俺がフラフラしているのに気付いたのか、急に俺を抱き上げた。 「はっ!?ええ!!?ちょっとっ」 「夜なんで、静かにしてください。 ってか、良い歳なんだからそんなフラフラになるまで飲まないでください」 「…」 最後の一文で文句を言う気力を削がれた。 確かに飲みすぎではある。 片瀬は急いできたのか、少し汗を掻いていて、いつもよりも濃い匂いがする。 正直、今まで出会ったどのαよりいい匂いなんだよな、こいつ。 歳が違いすぎて全然そういう対象には見えないけれど。 ゆっくりとタクシーに乗せられ、反対側から奴が乗り込む。 「お待たせしてすみません。 〇×町までお願いします」 と、片瀬が運転手に俺の住所を告げた。 駅前から俺の家まではそんなに離れていないが、沈黙のせいか車内の空気は重く、長い時間に感じられた。 その間、俺はよしておけばいいのに、今日の接待での粗相を思い出して反省していた。 若い女性ってわけじゃない、中年のおっさんなのにセクハラの1つも上手くかわせないなんて… あんな風に逃げるように飛び出してきて良かったんだろうか。 人柄だけは認められていたのに、それすらも失敗しただなんて、やっぱり俺は向いていないのかもしれないとどんどん気分が沈んだ。 ようやく自分のアパートに着いて、俺が支払いをしようかと思ったら、何故か片瀬が支払いを済ませ、ちゃっかりと領収書を貰い、俺と一緒に降りた。 「え?」 なんでこいつも降りてんの? 「じゃ、行きますよ」 と俺の手を引いて部屋に向かおうとしている。 「待て待て、なんでお前も降りてんだ」 「…、迎えに行ったんだからお茶くらい出してくださいよ」 「お茶なんかねぇよ…、ってか、経費で落とすならお前も家までタクシー使えばいいのに」 「うちの総務もあほじゃないんで、俺の家まで帰ったら距離数が変だって気づきますよ。 終電ないんで泊めてください」 「いや、あるわ! 今から走れば間に合うって」 「金曜の夜に部下を呼び出して、外に放るっていうんですか?」 そう言われたら何も言い返せない。 勝手に来たのはこいつだけど、正直助かったし… 「本当に何にもないぞ」 俺はため息を吐いて、彼を家に招き入れた。

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