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19 涙
片瀬の家から逃げるように帰宅した俺は、慌てて抑制剤を飲み、避妊薬を探す。
以前まで付き合いのあったαたちは、俺がヒートだろうとお構いなしに中出ししてきたので、いつも薬箱にいれていた。
…が、流石に使用期限が切れていた。
最後にこういう行為をしたのって、10年近く前の事だもんな。
俺は、薬局に向かい、避妊薬を購入する。
この歳でそんな薬を買うの、とてつもなく恥ずかしいんだが…
ついでに包帯も買っていこう。
月曜の朝。
土日を経て、ヒートはかなり収まっていて、薬を飲めば全く問題がないレベルだった。
首元の包帯が”いかにも”って感じがするが、まだまだ痛々しいので巻かずに出るわけにもいかない。
朝、こそこそと出社したが、既に出社した部下に「三上課長、番できたんですか!?」と声を掛けられる。
その声がフロア中に伝播し、注目を浴びてしまう。
「いや、その、契約番みたいなもんだから!
あまり気にしないでくれ」
と言っておく。
正式には事故なわけだが、この歳で事故ったなんて恥ずかしくて言えない。
「なんだ~」と残念がる声が上がるなか、「どんな人が相手なんだ?」という声も上がる。
頼むから、俺なんかに興味を持たないでくれと祈る。
そんな喧騒の中、片瀬が出社した。
喧騒の中、突っ立っている彼に「片瀬、課長に番が出来たんだって!」と、彼の同僚が声を掛けた。
「ああ、そういうこと…」
そう呟いた片瀬と目が合う。
ドッと心臓が跳ねた。
あれ?なんかいつもよりイケメンに見える…
片瀬は何か言いたげな表情だったが、俺は心臓が持たずに、目を逸らした。
こいつが直属の部下なの、やりづら過ぎるな…
仕事をしているうちに、俺の番騒動は落ち着き、俺も平常運転になっていた。
昼になり、片瀬が「三上さん、昼行きましょう」と声をかけてきた。
「えっ!?いや、俺はまだ仕事があるし、他の奴と…」
「三上さんの番、俺だってバラしますよ?」
「お、お前…。
分かった、外でいいか?」
俺が折れると、片瀬は爽やかに「はい」と言って席を立った。
連れてこられたのは、よく行く定食屋だった。
いつも通り注文し、大した会話もなく食べ終えて、支払いをする。
俺が払おうとすると「俺が出します」と片瀬が言う。
「いや、なんで部下に奢られなきゃいけないんだよ」
「上司と部下以前に俺たちは番ですよね?
αが番のΩに貢ぎたいのって普通ですよね」
片瀬が平然とした顔で言った。
反論したかったが、レジの前でゴタゴタするのも良くないと思い、片瀬に払ってもらった。
会社に戻る道すがら、俺は片瀬に言った。
「その…、お前の責任感の強さは良いところだけど、俺たちが番ったのって事故だろ?
俺がヒートトラップをしたせいだよな。
それに関しては本当に申し訳ないと思ってる。
だから、お前は責任を負わなくていいし、
俺のことは忘れて、自由に生きてくれて…」
自由に生きてくれていい、と言い切る前に、片瀬が俺の腕を掴んで歩き出す。
「ちょっ!?なんだよ!
速いし、腕が痛いって!」
そう訴えたが、止まる様子はない。
半ば引きずられるようにして着いたのは、職場の空き会議室だった。
ビタンっと会議机の上に押し倒され、ずきずきと背中が痛んだ。
俺はΩとはいえ、成人男性なんだから、こんなことしたら机が壊れるだろ!!
そう注意しようとしたが、見上げた片瀬はめちゃくちゃ怒っていた。
「え…、か、片瀬?」
怯えながら声をかける。
「忘れるって何ですか?
責任負わなくていいって何ですか!?
俺、25ですよ?
そんな軽い気持ちで噛んでねぇし」
「…、25だからだろ。
そんな若いのに、俺なんか背負わなくて良いって言ってるんだ」
「若いからダメなんですか?
年齢を言い訳にしないでください…
そんな理由で拒絶されたら、どうしようもないじゃん…」
片瀬が傷ついたような表情で、俺を見下ろす。
なんて声をかけていいか分からなくて見つめあった。
「俺が責任取ったらダメなんですか?」
「わ、分かった。
好きにすればいい」
そう言うと、ぎゅっと抱きしめられた。
俺を抱き上げ、胸に顔を押し付けてくる。
あやすように頭をなでるが、俺の足、浮いてるんだけど…
しばらくそうしていると、俺の社用の携帯が震えた。
出てみると事務の子からで「D工業さんがお見えなんですが…」と言われ、俺は午後イチに来社の予定があったことを思い出した。
「すぐに行くんで、応接室に通してください」と告げ、俺は片瀬に「悪いけど、取引先が来たから」と肩をたたいた。
すとんと床に降ろされる。
「えっと…、話はまた今度だな。職場以外で」
俺が言うと、片瀬は「今日、俺の家に来てください」と言った。
家!?
それは不味いような…、と思ったが、頷くまで放してもらえないだろうと思い、「分かった」と言った。
片瀬を置いて、俺はいそいそと応接室に向かった。
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