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25 それは元彼のような

"ミカ" 俺が学生の頃に呼ばれていたあだ名だ。 その懐かしい響きに思わず振り返る。 「え…、誰」 思わず声が出た。 いや、本当に誰だこいつ… 俺に声を掛けたのは、同世代ぐらい髭が生えた色黒の大男だった。 そいつは気にするでもなく、「ひでぇな」と笑う。 「あ、すみません。ええっと…、どこかでお会いしましたっけ?」 「俺だよ。高校まで一緒だった八幡(ハチマン)」 その名前に、一気に記憶が蘇る。 地元が一緒で、小学校から高校まで一緒だった同級生の当時の顔が浮かび上がった。 「お前…、ハチか! え、マジで久しぶりだな!」 「やっと思い出したか! まあ、俺は結構変わったからな。 お前は全然変わらないけれど」 そうだ、こいつは昔、Ωの俺もびっくりなくらい、色白で細かった。 「本当に変わりすぎだろ。 俺もさすがに高校の頃よりは歳食っただろ」 「実家の農家継いでから、かなり逞しくなったからな。 ミカは変わらず、可愛いと思うけどな」 「そ、そんなことより、なんでハチがここに?」 高校の頃、クラスでΩは俺1人だったからか、周りから「可愛い」と囃されて過ごしてきた。 俺もそんな気でいた。 が、大学に入り、分母が変わると、俺はΩの中では全然可愛くないことに気付いた。 大学に行かないでいたら、それに気付けず、痛すぎる男になるところだった。 ハチは高校を卒業してすぐに農家になったから、広い世界を知らないのだろう。 まあ、それを説明するのも大変そうなので、話を逸らした。 「ああ、俺、ここのインストラクターなんだよ」 「えっ!?農家は?」 「うちは冬は暇だから、期間限定の副業。 そういう奴は結構多いから、心配すんな」 ハチは豪快に笑い飛ばした後、「で、ミカはなんでここに?」と訊いた。 「かr…、職場の後輩にスノボ誘われて、来たは良いものの足引っ張っちゃって…、インストラクターをお願いしようか悩んでた」 彼氏と言いかけて、慌てて言い直した。 ハチは気にするでもなく「教えてやろうか?」と笑った。 「ミカ、昔から運動はてんでダメだったもんな」 「おい。ダメとか言うな」 「友達価格で教えてやるよ。 ちょっと待っててな」 そう言うと、ハチは受付の女性に声をかけ、どこかから板を持ってきた。 今気づいたけど、いかにもスタッフですと言うような赤いウェアを着ている。 「リフトはもう乗った?」 「ああ。一応、1回だけ滑ったけど…」 「じゃあ、もう1回同じコース行ってみよう」 「え…」 降りてくるときの苦労を思い出し、俺は表情が曇る。 「はは。相当苦労したんだな。 平気だ、俺がついてるんだから。 無理だったら俺が抱えて降りてきてやるよ」 と、片瀬と同じことを言う。 「…、よろしくおねがいします」 俺が頭を下げると、頭をわしわしとされた。 高校の頃のこいつの癖だ。 俺は「やめろよ」と言いながら、ズレたニット帽を戻す。 リフトに乗ると「なんだ。平地はちゃんと移動できるじゃん」と言われた。 「さすがにそれは教えてもらった」 俺が口を尖らせて言うと、「どうせミカのことだから、俺は良いから皆で楽しんで来いよとか遠慮したんだろ」と笑われた。 「そうだけど」 「後輩ならいいけど、恋人なら頼れよ」 と、ハチに言われ、ドキッとする。 もしかして…、勘付かれているのか? 「ド初心者のミカを下まで滑らせたなんて、後輩くん、なかなかの手練れと見た」 勘付かれてはなかったようでホっとする。 「さっきの…、なんで恋人なら頼ったほうが良いんだ?」 ハチは驚いた顔で俺を見た。 やばい、墓穴を掘ったかと身構えたが、ため息を吐いて「ミカは男心が分かってねぇ」と項垂れた。 「いや、俺は男だろうが」 「そうだけど…、いや、α心って言うのか? いやでも、俺はβだしなぁ… まあ、とにかく彼氏泣かせだな」 「ええ?どの辺が?」 「男たるもの、恋人には頼られたいだろうが」 確かに、片瀬には頼られたいかもしれない。 尊敬もされたいし。 「それはそうかも」 「今のミカ、後輩が仮に彼氏だとしたら 彼氏に頼らないで別の男に頼ってるじゃん。 俺が彼氏なら泣いてるね」 「別の男って…、インストラクターじゃん」 「まあ…、でも、俺とミカって元恋人みたいなもんだろ」 「そうだった」 元彼というには、あまりに青い関係。 狭い狭い世界にいた俺たちは、恋愛への憧れや性欲を持て余し、やってることは恋人だけど、付き合っているというにはあまりに自分勝手な関係だった。 まあ、単純に言えばセフレのような… ただ、田舎の高校でそんな言葉を使うのもなんか違う気がする。 それも、高校2年生の1年間で、3年からはお互い進路もあるし、このままの爛れた関係は良くないと、友達に戻ったのだった。

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