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30 理由

次の日も晴天で、朝は放射冷却でとても寒々としていた。 寒かったので隣の熱源に抱きつく。 「…、かわっ…」 片瀬の声がして、起きていたのかと舌打ちしそうになった。 俺を抱き返して、つむじあたりでスースーと息を吸っている。 寝起きのおっさんのつむじを嗅ぐなよ。 「三上さんが可愛いところ申し訳ないんですけど、昼前にここを出るので、一滑りしてきます。 三上さんも行きます?」 こいつ、本当に体力化け物かよ。 今気づいたけど、全身筋肉痛になっていて、指の一本も動かすのが億劫だ。 「いい。体痛くて動けない」 「俺も今シーズン初滑りなので筋肉痛です。 朝食、食べれるならロッジの隣のレストランで食べてくださいね。 あ、昨日の元セフレには絶対に近寄らないでください」 早口にそう言われて、俺は「ああ」と生返事をする。 「絶対ですよ?」 「分かったよ。滑る時間なくなるから早く行け」 しつこいので俺は片瀬を急かした。 ベッドから出ていく温もりが惜しい。 「いってきます」と言って、軽いキスをして片瀬は部屋を出ていった。 キザすぎる… それから少しして、空腹を感じたのでレストランに行くことにした。 スキー場飯って、ラーメンとかカレーとか炒飯とかで、朝飯感があまりないな… 白米に味噌汁、焼き魚とかが食べたいな。 と、贅沢なことを考えつつ、食券を買う。 朝のスキー場はそれほど混んでいなくて、閑散としていた。 これくらい空いてたら、滑りやすそうだ。 朝は空気が冷えてて、雪質も良さそうだし。 コテージで薪ストーブに当たりながら本を読んでいると、若者たちが戻って来た。 本当に朝から滑りっぱなしって…、20代って凄いな。 みんな滑りっぱなしだし、ずっと休んでた俺が運転すると言ったが、雪道は俺たちの方が慣れてるので、と断られた。 来た時と同じ場所に座り、スキー場を後にした。 暖かい車内で揺られていると、また睡魔が襲う。 あんなに寝たのにまだ眠いのか… 睡魔に抗っていると、隣の片瀬が「我慢しないで寝ていいっすよ」と俺に肩を差し出した。 「…、うーん…、じゃあお言葉に甘えて」 と、肩に頭を乗せた。 だって本当に眠いんだ。 俺は瞼を閉じた。 どのくらい経っただろうか。 片瀬たちの会話が聞こえて来て、俺は目を閉じながらも耳を傾けた。 「冬馬が三上さん溺愛してるのは分かったけどさ、年上のΩって何が魅力なの?」 「でもさ、今まで冬馬に絡んできたΩと違って、ベタベタとかしないよね。独占欲とか」 片瀬「まぁ、束縛とかはされたことない」 「ふーん。やっぱ、それがいいんだ」 「まあ、あまり甘えてこられるとだんだん鬱陶しくなってくるよな」 「なにそれ?私に言ってんの?」 「い、いや!違うけど! でも、あまりにベタベタされると冷めるじゃん」 「ふーん」 そんな会話が聞こえて来て、俺は肝が冷えた。 ここのところの俺、結構片瀬にベタベタしてないか!? って言うか、こいつが俺を好きなのって、そう言う理由だったのか… じゃあ、片瀬に捨てられないようにするには、あまり甘えすぎないで、年上として構えてた方がいいのか… これからは、また元の距離感に戻した方がいいのかもな… 自分からはあまり甘えないようにしなくては。 そう思いつつ、また俺は眠りにつく。 三上が寝た後に、聞いていたことに気づかなかった片瀬は「今まではベタベタされるのは鬱陶しかったけど、正直、三上さんにはもっと甘えて欲しいんだよな」と言った。 憂いを帯びた片瀬の言い方に、他の面々は今度ばかりは本気で相手を好きなんだと知り、友人の幸せを願っていた。

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