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35 片瀬の秘密

結局上手くいかなかったので、片瀬に甘えないでうまく付き合おうことはまだまだ調整が必要かもな… そのことを意識するとどうしてもギクシャクしてしまうのが、片瀬と時間を共有する際に心に影を落とす。 が、ここのところ、忙しいのか休日は誘われなかった。 最初は「たまたまか?」と気楽に考えていたが、それが1ヵ月ともなると疑念が生まれる。 え?恋人を1ヵ月も放置…? まあ、それはそれで俺の心の安寧が得られるから良いけど、普通のカップルからしたら倦怠期ってことになるよな? と、夜な夜な不安になるのだが、職場では普通に挨拶もするし、昼食は「一緒に行きましょう」と誘われたりもする。 あれか! 俺から誘ってほしいみたいな、あれ! そう考えて、金曜日の夕方、意を決して「今週末、会えないか?」と訊いてみた。 が、「すみません。ここのところ忙しくて…、余裕が出たらこちらから誘いますね」とやんわり断られた。 俺がショックで固まっていると、「じゃあ、俺、お先に失礼します」と颯爽と退勤した。 最近の片瀬は退勤も定時だ。 良いことなんだけど、以前は俺が残業していると何かしら仕事を見つけて無駄話をしながら残ったりもしていた。 あるいは、差し入れをもって戻って来たり…、とにかく、少しでも俺との時間を作ろうとしていた気がする。 片瀬に限って…、番になった片瀬に限ってそんなことはない、という自分がいる。 が、その一方で、少しずつ会う頻度が減り、気づいたら別の男と出来ていたベトナム人のトゥイちゃんのトラウマが蘇る。 Ωは新たに番うことはできないが、αは出来る… 今のところ、別のΩの匂いがすることはないし、同じ服で出勤してることもないが…、いちいちそんなことをチェックしている自分が気持ち悪くて自己嫌悪だ。 しかし、二度とあの時と同じ轍は踏みたくない。 そう思った俺は、とりあえず、土曜の昼間に現場に突撃した。 そう、片瀬のマンションに。 が、どうやら留守の様だった。 あの寝起きの悪いあいつが、昼前から出かけているわけがない。 いつも、俺がたたき起こしてなんとか昼食を取りに行くのに。 俺とは出かけないのに…、他の奴とは出かけるのかよ(そうと決まったわけじゃないけど…) 俺は再びショックを受け、ヨロヨロとマンションを後にする。 家に帰る気も起きなくて、俺は近くのパン屋兼カフェのようなお店に入る。 たまに昼食を食べにくるお店で、塩パンが美味しくて、俺も片瀬も気に入っている。 もそもそと塩パンをかじり、コーヒーを飲む。 あんなに美味しいパンが、今は味がしない。 「あれ?三上さんですよね?」 声を掛けられ、驚いて顔を上げると見知ったカップルがこちらを見ていた。 スノボ旅行の時の片瀬の友人たちだ。 そう思いだして、「お久しぶりです。この間はどうも」と軽く頭を下げた。 「こちらこそありがとうございました」と2人は同時にぺこりと頭を下げ、 「この辺、冬馬の家の近くですよね?今日は1人ですか?」と言った。 俺はギクリとして、「ああ、うん。最近忙しいみたいで」と愛想笑いした。 持ち帰りの様で、お店の袋を持っているので早く帰ってくれないかと、失礼なことを願った。 「ですよね~。あいつ、親の会社継ぐとかで走り回ってますもん」 「最近、うちらも全然会えないもんね」 と笑いあっている。 え…、会社を継ぐ??? 「えっと…、会社って…」 と、俺が訊くと2人はあからさまに「しまった」という顔をした。

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