42 / 58

42 将来の話

土曜日、通い慣れたものだな〜、と感心しつつ片瀬の家を訪ねる。 いつでも来てもらっていいんで、と退院後すぐに合鍵を貰っていた。 俺のアパートはスペアキーがないので渡していないけれど、片瀬からは特に何も言われなかった。 インターフォンを押すのも、なんか余所余所しい気がして、俺は合鍵を使って中に入った。 片瀬はリビングにいて、PCで作業しているようだった。 「お邪魔してまーす」 俺がそっと声をかけると、片瀬はパッと顔を上げ、俺を見ると「いらっしゃい」と言って立ち上がった。 「仕事中か?邪魔して悪いな」 「いえ!ちょうど息抜きがしたかったんです」 俺が隣に座ろうと向かうと、その場で抱きしめられた。 そんでまた匂いを嗅がれている。 番とはいえ、そんなダイレクトに嗅いだら、加齢臭がしそうだけどな… 俺も便乗してスンと片瀬の匂いを嗅ぐ。 めちゃくちゃいい匂いがして、この慌ただしかった1週間の疲れが飛ぶ気がした。 そのまま、片瀬がソファに座り、俺は片瀬の上に乗って向かい合う形になった。 恥ずかしいんだけど!? 片瀬は今だに俺の首元に顔を埋めている。 「家でも仕事してるのか?」 「はい。でもこれは家業の方です。 会社は継ぎませんけど、今の会社、全然自分のデスクに座れないんで、辞めようかと思って」 「え?」 まさかの告白に俺の思考は停止した。 片瀬が会社からいなくなる!? 「で、俺が会社辞めたら、会える時間がグッと減るんで、一緒に住みたいんですけど。 籍も入れたいし」 まさかの提案に俺は「えっ?」しか言えない。 片瀬と結婚して、一緒に住む? 恋人同士であれば有り得ない話ではないけれど、自分がと思うと実感が湧かない。 俺の表情が芳しくないからか、片瀬は慌てたように付け足した。 「もちろん、三上さんの都合も合わせて、日付は決めたいですし、ご両親にも挨拶させてください」 片瀬は不安なのか、俺を見つめる目が少し揺れている。 贅沢すぎる提案だ。 ただ、不安になる。 本当に俺なんかが片瀬にふさわしいのか? しかも片瀬は、片瀬コーポレーションに就職するとのこと。 後継ではないにしろ、すごくいい条件の縁談だってくるはずだ。 正直、名家のご令嬢達に敵う要素などない。 「結婚は少し待ってほしい。 けど、そうだな…、転職と同棲は賛成だ。 うちの会社は大打撃だろうけどな」 と、俺が笑うと、片瀬はほっとした表情をした。 「じゃあ、諸々の準備を進めますね。 退職が決まったら、一緒に内見に行きましょう。結婚はしたくなったらいつでも言ってください。 俺の欄を埋めた婚姻届、あるんで」 色々とツッコミどころがあるが、未来の話って疲れるな… 俺は一旦この話は終わりか?と脱力し、片瀬にもたれかかる。 重くて鬱陶しいはずなのに、片瀬は「三上さんが甘えてる!」と、満更でもない様子で俺を甘やかしてくれた。 流しっぱなしの映画は、内容が右から左へ流れていく。 俺は頭の片隅で、片瀬の婚約に関して思いを馳せた。 いつだって、奴に背中を押す準備はしておかないと。

ともだちにシェアしよう!