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45 新生活
それから片瀬はあっという間に自分の仕事の引継ぎを済ませ、あっという間に退職の手続きを済ませた。
同棲の方もぬかりなく、内見を繰り返し、希望条件も譲っていないのに、なんとか退職までに決めてしまった。
俺としては、男二人が住むのに狭すぎなければ、あとは払っていけそうな予算内でいいと言ったのだが…
番をそんなセキュリティの甘いところに住まわせられないし、治安も大切で、防音がどうだとか、在宅が出来る部屋が欲しいだとか言って、不動産の担当者を悩ませていた。
こんな部屋、俺は折半できないと言ったが「俺の我儘なんで、俺が払います」と譲らなかったので、渋々その条件で頷いたけど…
もはや、物件を決める段階で価値観の違いでうんざりしかけたんだが…
片瀬がいたデスクには、「俺の次に有能です」と奴が言ったお墨付き後輩が座っている。
片瀬が引継ぎの際、あまりにベタベタしてくるから、その後輩から「三上課長の番って片瀬先輩ですか?」と疑われてしまった。
「違う。片瀬をよく見ろ、俺に全然釣り合わないだろ」
と速攻で否定して、納得してもらったのに、何故か腹を立てた片瀬がその夜にべったりとマーキングをしたため、翌日に「やっぱり片瀬先輩じゃないですか」とαの後輩に突っ込まれてしまった。
βの社員が多いからそれほど噂にはなっていないが、αやΩの人は勘付いてるかもな。
今も、毎朝辞めろと言っているのに、べったりと匂いをつけてくる。
隣の後輩に近づくたびに「片瀬先輩に睨まれてる気がしてくるので少し離れてほしい」とまで言われた。
そう指摘しても「Ωと知って近づいてくる輩を追っ払うにはちょうどいいじゃないですか」とむしろ開き直っている。
同棲して一ヶ月が経つが、片瀬はほぼ在宅していて家事もほとんどこなしている。
が、かなり忙しいようで、平日は俺がいつも寝る時間になってもPCの前から動かないので、一人で眠りについている。
同棲ってもっとこう…、いちゃいちゃする感じだと思っていたから拍子抜けしてしまった。
朝起きると、片瀬は徹夜をしていたのか珍しく深く眠っていたので自分で朝食を準備していると、途中で起きてきた。
「おはよう。徹夜したのか?」
と、目の下に隈を作った片瀬に言った。
「すみません…、秋さんの食事は全て俺が準備するつもりだったのに」
と、頽れた。
いや、子供じゃないから飯くらい作れるわ!
「そんな毎日面倒見なくて良いって。
今はお前の方が忙しいんだし」
と、俺が慰めると「あと数日したら軌道に乗るはずなので」と涙目で懇願された。
「どうか、同棲の解消だけはしないでください」と。
むしろ、今くらいの距離間で構わないんだけどな。
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