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53 それぞれの葛藤
歓談タイムに嫌気がさしてしまった俺は「お手洗いに…」と片瀬に声をかけて立ち上がる。
「俺も行きますよ」と片瀬も立ち上がりかけたが
何やら仕事関係っぽい人が、片瀬やその父に挨拶に来ていたので「1人で行ける」と奴を制して
1人で会場の外に出た。
廊下?も豪華で気が休まりはしないけれど、無遠慮な視線がないだけマシだった。
俺、片瀬家の常識についていけるのか…?
もしも、あいつと結婚するとして、今度は自分が開催する側に立ってこの人数のゲストを招くのか…?
そう考えただけでもめまいがする。
しかも、その価値観の違いを常に感じるのであれば、それに耐えうるのか…
どっと疲れが押し寄せ、俺は会場とトイレの間にあったロビーのような、ソファが置いてある場所に腰を下ろした。
早く戻らなきゃ行けないけど、嫌だな…
ぼーっとしていると「三上さん!」と声をかけられた。
「あれ…、スキーの時の…」
俺がそう言うと、彼は表情を和らげ「パン屋ぶりです!」と言った。
「お兄さんの騒動があってから、冬馬がすっごいやつれてたんですけど…、今は三上さんと順調みたいで安心しました」
順調かぁ…、外堀を埋められている気はするけど、このまま流れるように結婚して良いものか難しいところだな。
まあ、そんなことを片瀬の友達に言えるわけもないけど。
「心配かけたみたいで申し訳ないな。
今日は彼女は一緒じゃないんだ」
「ええ…、会社の関係で呼ばれたんです。
俺達は、結婚どころかまだ番でもないですし」
片瀬がすごいスピードで俺を番にしたから、大きい会社のご子息ってすぐにそういう関係になるものだと思っていた。
流石に異例なのかもしれないな。
「そうだったのか。
仲良さそうだったから、てっきり婚姻してるのかと思ってた」
俺がそう言うと、彼は気まずそうに頭を掻いて言った。
「俺たちはすぐにでもそうしたいんですけど
俺は長男で、彼女は一般家庭の子なんですよ。
親からは縁談にしろって言われてて、説得中です。だから、冬馬が羨ましいんです」
25歳なんて、大人から言わせればまだまだペーペーだ。
そんな若者が好きな人との結婚を認めてもらえなくて踠いている。
それに比べれば俺の苦労なんてと思ってしまった。
「大企業の息子っていうのも大変なんだな…。
俺は、勝手ながら二人のこと応援してるよ。
側から見てもお似合いのカップルだと思う」
俺がそう言うと、彼は「ありがとうございます」と笑った。
実際はなんの力にもならないけど。
そこへ片瀬がやってきた。
「秋さん、何してるんですか。
迷子になったかと思って心配したんですけど」
「ああ、悪い。
つい話し込んでしまった」
そこでようやく、友達の姿に気付いたのか「秋さんを口説くな」と言った。
ひどい言い草。
そもそも、俺なんかを口説くのはお前くらいだ。
「口説いてないよ。俺が彼女命なの知ってる癖に」
呆れながら友達が言うと「秋さんが目の前にいて口説かないなんて正気か?」と驚いている。
「早く会場戻るぞ」と、まだブツブツ言っている片瀬の背中を押す。
ぜひとも友達くんには幸せな結婚をしてほしいものだ。
彼も彼なりに葛藤しているし、その彼女も好きな人のために、自分の常識と違う世界に飛び込む覚悟ができているのだろう。
俺もうだうだしている場合じゃないのかもしれない。
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