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54 翳り(攻め視点)
兄貴の結婚式以来、秋さんが何か言いたげに俺を見ることが増えた。
俺が見返して目が合うと、何も言わずに目を逸らす。
そんなことが増えた。
何か話したいことがあるのだろうけど、秋さんの表情を見るに、あまりいい話には見えない。
式の時も、なんだか表情が暗いように見えた。
もしかしたら、うちの会社の規模感とかそういうのを見て、俺と籍を入れるのが嫌になったのかもしれない。
それとも、秋さんを囲い込む話もしてしまったから、それが嫌だったのか。
でも、正直それはなんとか受け入れてほしい。
叶うことなら番を外に出したくないというのはαの性だ。
夕食時、俺が咀嚼しているとやはり、何か言いたそうに見ている。
本当はそんな話は聞きたくないし、秋さんが惰性でも俺と一緒にいることを選んでくれればいいと思う。
でも、今のまま放置して秋さんからどんどん笑顔が減っていくのを見るのは嫌だ。
俺はしびれを切らして「何か言いたいこととかあります?」と訊いてみた。
「えっ!?…、あのさ…」そこでちらりと俺を見る。
そして小さな声で「いや、なんでもないよ」と俯いた。
秋さんが言うことならなんでも受け止めるつもりだ(叶えてあげられるかは別として)。
そんなに言い淀むほど俺は信用されていないのかと、内心腹が立った。
けど、努めて優しい声色で「俺、秋さんが思っていることなら良いことでも悪いことでもちゃんと聞きたい」と伝えた。
すると、秋さんは泣きそうな顔になってから「ごめん。俺の気持ちに整理がついたらちゃんと言う」と言った。
そんな泣きそうな顔されたら、それ以上問い詰められない。
卑怯だと思いつつも、俺は口を噤む。
食卓がシンとして、控えめな箸や食器の音だけが鳴る。
そんな空気に耐えかねたのか、秋さんが「今日のこのおかず、美味しいな」と言った。
俺も空気を変えるべく「空心菜って野菜を使った中華風炒め物なんですよ」と明るく返した。
そこから、本格中華を食べてみたいという話になり、今週末の土日にデートに行くことが決まった。
こんな風に一緒に出掛けたり、家で過ごしたりする分には、秋さんが別れたがっているとは思えない。
でも、不意に見せる憂いた表情に俺の心はすっと恐怖に染まってしまう。
そんな俺にとどめを刺したのはその夜の事。
秋さんが風呂に入っている間、映画のサブスクをザッピングしていると、秋さんの携帯が震えた。
滅多に秋さんの携帯は鳴らないし、鳴ったとしても俺は絶対に覗き見たりしない。
でも、なんだか今日は胸騒ぎがして覗いた。
『八幡(ハチ)より2件のメッセージ』
八幡…、スキー場で会った秋さんの同級生だ。
俺は急いで秋さんの携帯を開く。
秋さんは面倒くさいからか、俺を信用しているからかは分からないが、携帯にロックを掛けていない。
『よっ✋
こないだ会った時、表情が暗かったから心配してたんだ』
『今月ならいつ会える?』
危うく携帯を叩き割りそうになった。
え…、なんだこれ。
一瞬怒りで我を忘れかけたが、深呼吸をして押し込める。
こないだって、スノボの日じゃないよな。
だってあれから半年以上たっているし、半年前をこないだとは言わない。
だとすれば、つい最近会ったということだ。
でも、たまたま遭遇しただけかもしれない。
その前のトーク履歴は『まさか職場で会うとは!』といったスノボで出くわした時のテンションが高い相手のラインに、秋さんが『俺も驚いた笑』みたいな少しそっけない返事をして、数回のやり取りでその日のうちに終わっている。
でも…、最近秋さんは月に1回実家に行っているし…、俺に実家に行くと嘘をついてこの男に会っているとか…?
いつも同伴させてもらえないし…
でも、秋さんが親や家族を出しにして浮気するとは考えられない。
それでも…、と、不安と希望が入り混じって、秋さんが戻ってくるまで生きた心地がしなかった。
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