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58 出張と旅行:追記
「秋さん…、俺、数日家を空けます」
「あっそう」
「寂しくないんですか!?
引き止めてくれないんですか!!?」
片瀬が死にそうな顔で切り出したかと思えば、たった数日の外出だった。
たったの数日。
社会人であれば、旅行なり出張なり、そんな機会はいくらでもあるだろう。
それに、何年一人暮らししてたと思ってんだか。
「引き止めないだろ、大人だし。
どうせ仕事だろ」
「仕事ですけど…
でも、秋さんが出張するとなれば、俺はどこまでもついて行きますけどね」
そんなバカな、と思ったけどこいつならやりかねない。
「仕事なんかでわざわざ2人で遠出しなくていいだろ。
どうせなら旅行に行く方がいい」
俺がそう言うと、途端に片瀬の目が輝く。
「それいいですね!!
今回は事業の開拓のために海外に行くんですけど、帰ったらどこに旅行に行くか決めましょうね!!」
さっきまでの死にかけの顔は何だったのか…
とはいえ、都合のいい男としてしか付き合ってこなかった俺にとって、恋人との旅行なんて経験がなくて、嬉しいと言えば嬉しい。
「ああ、考えとく。
片瀬は無事に仕事を終えてこいよ」
「勿論です!巻きで行ってきます!」
「いや、だから…、大事な出張だろ?
急がなくていいからちゃんとモノにしてこい」
「秋さん…!!」
片瀬は嬉しそうに頷いた。
そして、片瀬は意気揚々と海外に飛び立った。
にしても…、事業開拓が海外だなんて、片瀬はいったいどれだけデカい仕事をしているんだろう…
片瀬が不在の2日目、奴の後輩から「あれ?今日は片瀬先輩の匂いが薄いですね」と言われた。
「え…?」
「あ…、なんか訳ありっすか?」
「いや、普通に出張でいないだけ。
てか、俺からいつもあいつの匂いしてたの?」
俺が訊くと、その後輩(俺にとっては部下)が「αなら誰でも分かるくらいマーキングされてましたけど」と言われ、俺は頭を抱えた。
以前もマーキングを指摘されたことがあったけど、まさか今も毎日されていたとは…、恥ずかしい。
37歳のおっさん、誰も狙わねぇってのに。
俺が自意識過剰みたいで、裏で笑われていたらと考えると恐ろしいんだが…
「三上課長と片瀬先輩みたいな番関係、憧れるんです。
いつか自分にもそんなΩが現れたらいいなって思ってます」
そう、屈託のない笑顔で言われ、今度は頭を掻いた。
照れていると、携帯が振動する。
『マーキングされてないからって、他の人からのアプローチを許したらダメですよ☻』
俺と部下は「ひっ」と声を漏らした。
「片瀬先輩、盗聴とかしてないですか?」
青ざめた顔の部下が言う。
いくらあいつでも、流石に犯罪はないと思う。
俺が「さすがにそれはない」と言ったが、
部下は「片瀬コーポレーションに消されたらどうしよう」
と震えていたので、口を噤んだ。
それから2日ほどして、片瀬が帰ってきた。
お土産も同日郵送されてきた。
無事に帰ってこれてよかった、と思う。
が…、
「秋さぁぁぁん!秋さんだぁぁ」
と、言いながら俺にぐいぐい抱き着いて離れない片瀬に少々うんざりする。
もちろん、俺だって寂しい思いはあったけど、こんな生き別れの家族に会ったかのような再開をされると、萎えるというか…
「いつまでこうしてるんだよ…」と、俺がうんざりした声を出す。
「秋さんロスだったんですから、少しくらいいいじゃないですか」
「30分以上抱き着いて、少しってことはないだろ」
片瀬は少々ムッとした後に、離れた。
やっと息を吐ける…
30分も同じ姿勢でいたせいで、少し肩や関節がミシミシした。
「で、どうだった?東南アジアは」
「海がすごく綺麗でした。
未だに手で漕ぐ船がある地域もあるんですけど、
それでも活気があって、間違いなく会社 には欠かせない土地です」
「そっか」
「秋さんにも見せたかった」
「南の方は、すっごい色とりどりの魚とか生き物がいるんだろうな」
「はい。食べるのを躊躇うくらい、カラフルでした」
その情景を思い出すように、目を閉じて片瀬が言った。
楽しかったんだろうな。
「まあ、海外旅行も良いけど、片瀬は遠出したばかりだし
俺もどちらかというとゆっくりしたいから
国内旅行にしないか?」
俺が提案すると、片瀬は驚いた顔をした。
「旅行の話…、考えてくれたんですか?」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
そんなことで驚かれるとは思わず、笑ってしまった。
そりゃ俺だって恋人と旅行行きたいっていうのに。
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