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60 現実味を帯びてきた:追記

なんとか涙を引っ込めた小春ちゃん。 少しでも俺と片瀬の関係の話をすれば、みるみる目が潤んでしまうので、そこについては何も言わなかった。 1人で帰らせるのも可哀想なので、片瀬に見送らせる。 1人になった部屋で、片瀬の許嫁について考える。 そりゃあんだけデカい会社の息子なら、許嫁や元婚約者の1人や2人いてもおかしくないよな。 小春ちゃんは本気だったろうけど、親戚の子だし、子供のころの約束ということで片付けられるだろう。 まあ、小春ちゃんからしたら「ふざけるな」って話だけど。 他にも会社ぐるみでとか、親経由でとか、もっと深い婚約の話はあっただろうな。 片瀬と結婚するということは、そういう人たちから”やっかみ”を受けるかもしれないということだ。 やっかみなんて言葉で片付けていいか分からないけれど、でも、そんな人たちを蹴落として立つ器量が俺にあるだろうか。 俺が難しい顔をしていたからか、小春ちゃんを送り届けて帰ってきた片瀬が慌てて「秋さん、すみませんでした!!」と帰るなり膝をついて謝ってきた。 「いや、別に俺は良いけどさ、小春ちゃんに誠心誠意謝りなよ」 「ああ、それはもう、沢山謝りました」 「高2の今の今まで、ずっとお前と結ばれると信じて生きてきた数年を考えると、本当に彼女が可哀想だ。 たとえ、子供のころの約束でも」 俺が少々の意地悪を込めて言うと、片瀬はさらに項垂れた。 「小春ちゃんには本当に悪いと思ってます。 でも…、俺はどうしても秋さんが良いんです…」 あまりに可哀想だったので、アメをあげよう。 「それは俺もそうだな。 今さら、『小春ちゃんがいるので秋さんとは別れます』なんて言われたら、ここから飛び降りてたわ」 が、アメにはならなかったらしい。 「だ、ダメです!!!そんな怖いこと言わないでください!!」 血相を変えた片瀬が俺の足にしがみ付く。 人ってこんなに青くなれるんだってくらい青い。 「いや、だから、お前が俺を捨てなきゃいいって話だろ」 「そんなことしません!! 二度とこんなことが無いようにちゃんとけじめつけます」 「その方が相手の為だろうな。 ずっとお前を待ってる人が他にもいるかもしれない」 「はい…、あの、秋さんは大丈夫ですか」 思わぬ質問に、「え、なにが?」と返す。 大丈夫っていったい何のことだ? 「今日の一件で、俺の事、嫌いになったりしてないですか? 幻滅とか…」 「ああ、別に幻滅なんてしてない。 けど、片瀬と結婚することで泣く人たちは大勢いるだろうなって考えさせられた」 「え、えっと…」と焦る片瀬。 「片瀬と別れたいとかではないから安心しろ。 俺の覚悟の問題というか…」 「不安にさせてすみません。 手を回しておくので、どうか秋さんは安心して俺のテリトリーの中で過ごしてください」 そう真剣な顔で言われて、俺は少々引き気味に「ああ、うん」と答えた。 それからは着々と近づいてくる旅行の日を楽しみに、日々を穏やかに過ごした。 荷物を確認して、新幹線の時間に間に合うように朝から家を出る。 ガラガラと音を鳴らすキャリーケースが、扱いづらくてストレスだけど、旅行感があって頼もしい。 国内とは言え、少し遠いので移動手段に悩んだけれど、今回は陸路にした。 駅や建物の階段が現れるたび、片瀬が2人分待とうとするので「女性扱いするな」と断った。 片瀬は「もっとずぶずぶに甘えてくれれば良いのに」と不満げだ。 甘えるのとパシリは違う気がするけどな。   荷物を預けるべく、先に旅館にチェックインすると、仲居さんが三つ指をついてお出迎えしてくれた。 こんな旅館に泊まるのは初めてなのでちょっと緊張した。 片瀬は慣れているのか、てきぱきと手続きを済ませて荷物を預けていた。 「さすがに慣れてるな」 「まあ、両親が旅行好きでしたし、今もビジネスで使いますし」 「ああ、そうだよな」 今まで過ごしてきた環境の違いやギャップって、どの程度までなら目を瞑れるのだろうか。 晴れていた心に、煙のような暗澹とした思いが過るが…、片瀬の友人の若いカップルを思い出す。 あの2人は、境遇の違いや家族からの反対と戦うつもりで頑張っていると言っていた。 俺たちは、幸いにも家族から反対はされていない。 あの2人よりも、ずっと恵まれているはずなんだから、勝手に不安になって片瀬から離れようとするのは辞めよう。 「…、秋さん?」 「なんでもない。観光楽しみだな」 「はい!!」 片瀬があまりに元気に答えたので、案内中の仲居さんがクスリとした。 「近くの神社では、手水舎に季節の花を浮かべているんです。 とてもお写真に映えますので、良ければ足を運んでみてください」 と、仲居さんがにこやかに教えてくれた。 「ありがとうございます」と2人でお礼を述べる。 「ちょうど、フォトスポット探してたんですよ! 写真撮りましょうね、秋さん」 と、片瀬はやたらホクホクとしている。 「式で使えるかも」と呟いているのは聞こえなかったことにしよう。 全く、気が早すぎるんだから。

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