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64 結婚について:追記
寝不足やら体力不足やらでヘロヘロの体を叩き起こし、俺は朝食をとった。
お部屋まで運んでくれるサービス、有難すぎる…
「秋さん!この焼き魚美味しいですよ!」とホクホクで報告してくる片瀬を睨んだ。
ヘロヘロの体でも美味しく感じるんだから、そりゃ元気なお前にも美味しく感じるだろうよ。
俺は座椅子に座っているだけでも、気を抜くと滑り落ちそうになるってのに。
そんな俺を見かねたのか「食べさせましょうか?」と訊かれる。
そんな姿を、お皿を下げにくる仲居さんに見られたら死ねる。
「そんなことしたら…、二度と口を利かない」
「…、すみません。冗談です」
本当は”婚約は破棄だ”と言いたかったが、それは冗談でも言ってはいけないだろと、かなり弱めの条件を出したが…、片瀬的にはそれでも効果てきめんだったようだ。
叱られた犬みたいにしょんぼりしている。
俺はそれに少しだけ満足して、美味しく朝食を頂いた。
旅館にお礼をして、後にする。
少しだけ観光してから帰路につくつもりだ。
本来は歩き多めで観光する予定が、タクシー多めにはなったけど、絶対に見たい場所は回ることが出来た。
夕食時に帰宅し、なんとか体に鞭を打って荷物の片づけをする。
ここで後回しにすると、一生荷物が片付かないもんな。
「洗濯機回しました!」と、依然元気な片瀬がリビングに戻ってくる。
「干すまでが洗濯だからな。
気を抜いて寝落ちするなよ?」
「はい。俺は元気なので大丈夫です!
秋さんは眠かったら寝て良いですからね」
と片瀬がほほ笑む。
俺は注意したのに、片瀬は馬鹿みたいに優しいのが、人としての器を見せつけられた様でなんか恥ずかしい。
「俺も片付けるまで寝ない」と意地を張る。
「そういえば、いつ提出しますか?」
「え?」
脈絡のない言葉に、俺はポカンとして片瀬を見上げる。
「え?忘れたんですか?婚姻届けです」
「えっ…、今?」
なぜ今、その話を…?
と思っていたら、片瀬がムッとした顔で言う。
「秋さんの気が変わらないうちに行かないと、破棄されかねないので。
俺の分は書いてありますから」
と、婚姻届けを差し出してきた。
いや…、鉄は早いうちに打てとは言うけども…、なんでもう片瀬の欄が埋まっているんだ…?
俺が困惑していると分かったのか、「俺は同棲したときにはもう書いてましたから」と胸を張った。
俺がもし、たまたま掃除なんかしていてこの紙を見つけたら、恐怖で逃げ出していたかもしれない。
とりあえず、提出する日を決めて(覚えやすい日がいいので11/22にでも…)、それまでに書いておくと言った。
「今すぐでも書いてくれていいのに」と言われたが、そんな元気はない。
っていうか、ちゃんとした顔合わせもしてないと言ったら、片瀬に「じゃあ今すぐにでもスケジュールを立てましょう」と片瀬が実家に電話をかけ始めた。
片瀬コーポレーションの社長夫婦との会食なんて言ったら、うちの両親は失神してしまうかもしれないな…
それから、届け出を提出するまでに諸々の準備を進めた。
顔合わせでは、案の定うちの両親は顔面を真っ白にして緊張していた。
が、片瀬のご両親が気さくに話してくれたおかげで、だいぶ落ち着いて話せていた。
俺と片瀬が12歳も離れているので、親同士も10歳近く離れている。
それが、うちの親もネックだったらしい。
若い優秀な息子さんの嫁が本当にうちの子でいいのか?と、真面目なトーンで訊いていた。
顔合わせには、お兄さん夫婦もいて…、俺は「失踪したって記事に載ってた人だ…」とひそかに感動した。
奥さんは、片瀬兄弟を昔から知る人の様で「冬馬くんがちゃんと人を好きになるなんて…」と涙を浮かべていた。
「だから、秋さんには感謝していますし、冬馬くんが好きだって言ったんですから何も後ろめたく思わないでください。私は応援しています」
という言葉もくれた。
そして、和やかに顔合わせを終えた俺は穏やかな気持ちで届け出を埋めた。
まさか…、この紙を書くことが出来るなんてな。
と感慨に耽っていると覗き込んでいた片瀬が「提出するまでが婚姻届けですからね」と言ってきた。
それはそうかもしれないけれど、なんだそれ。
「はいはい。じゃあ、来週いこうな」と苦笑する。
本当に俺は、こいつと出会えて幸せだ。
11/22は晴天だった。
2か月前に俺は誕生日を迎えて38歳になっていた。
やたらテンションが高い片瀬とともに役所で紙を提出する。
「おめでとうございます」とやや機械的に言われ、晴れて俺たちは夫婦となった。
すぐに帰るのかと思いきや、「ちょっと色々見ていきましょう」と片瀬に言われ、俺たちはお店を見たり、映画館で映画を見たりした。
基本サブスクだった俺は、久々の映画館に興奮した。
「また行きたい」と言うと「じゃあまた映画館デートしましょう」と片瀬が頷く。
そして連れてこられたのが、敷居の高い、スーツやドレスを売る服屋だった。
「お前スーツ欲しいのか?」と訊くと「俺のと、秋さんのです」と片瀬がほほ笑む。俺の…?
あれよあれよという間に全身ドレスアップさせられ、軽く髪型も整えられた。
「え…?ええ?」と困惑していると、同じくフォーマルな姿の片瀬が俺をエスコートしてタクシーに乗せる。
「え、待ってくれ。どういうことだ?」と、俺はいまだに困惑していた。
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