2 / 61
第2話
事務所は新宿駅から少し奥まった場所にあり、逃げるようにビルに飛び込んだ。
五階フロアの壁には所属タレントが出演しているテレビ番組やドラマ、CMのポスターが所
狭しと貼られ、特に社長室前に貼られているものはいま事務所で一番押しているタレントの栄光の場所だ。
ここ最近は天根尚志(あまねなおし)が鎮座している。
二年前に戦隊ヒーローの主演でデビューを果たした二十歳。その年の新人賞を総なめし、常にドラマや映画に引っ張りだこの若手イケメン俳優だ。
身長は一九〇センチと高く、切れ長の瞳は一見冷たそうにも見えるが、いつもニコニコと笑顔で愛想がいいと現場の評判も高い。
十年前まではそこは『僕らはなんでも屋』のポスターが貼ってあり、自分の誇りだった。
いまはトイレ前まで移動し、色は褪せ、四隅は破れかかっている。昔の栄光を忘れられずみっともなく縋りついている姿は痛々しい。
頭を振ってから社長室の扉をノックした。「どうぞ」と聞き慣れた声に安堵を覚え、田貝がパソコン画面から顔を上げた。
「急に呼び出して悪かったね」
「……いえ、大丈夫です」
「いまは二人っきりなんだから、そんなにかしこまらないでよ」
エールカンパニーの社長でもあり叔父でもある田貝大夢(たがいひろむ)は柔和な笑みを浮かべている。
「これ、うちの子たちが出てるやつね」
「ありがとう」
紙袋を受け取り、自然と口元が緩む。中身は事務所の俳優が出演している作品だ。
昔はレンタルビデオ屋に通い詰め、あ行から順番に借りて徹夜して観ていたが、それを見かねた田貝が懇意でくれるようになったのがちょうど三年前。
洋画、邦画、アニメ問わずどんなジャンルも万遍なく観ている。
「晶は本当に映画やドラマが好きだね」
「これしか趣味がないけど」
「そろそろ役者に戻りたくなってきたんじゃない?」
田貝は本心を探るように目を細めた。
咄嗟に顔を伏せたが田貝の言葉を認めているような仕草だと遅れて気がつく。
「役に入り込むと天下一品なのに、普段はわかりやすすぎて心配になるよ」
「……役者なんて今更できない」
「『キリカン』が邪魔をする?」
キリカンこと桐谷寛太は晶にとって青春時代を共に過ごした親友だ。
小学生らしく感受性豊かで怒るのも泣くのも全力。友だちのために大人を欺いたり、小さい身体でどんな困難にも正面から立ち向かっていく勇敢な男だ。
キリカンが世間に認められると親友を褒めて貰えているようで誇らしかった。だがいつしかその友に追い詰められるようになった。
誰もが自分自身とキリカンを重ねた。
晶の性格もキリカンのように明るくひょうきんなのだろうと思われ、相談を持ちかけられたり似たような人種のグループに入れてもらったりしたが実際は根暗で偏屈。
それがわかるとみんな離れていった。
そしてキリカン以外の役を演じてもキリカンが抜けない。大きな声や仕草、全力で泣く顔もキリカンっぽくなかったか?と立ち止まり、動けなくなった。
そんなときに田貝から休むよう提案してくれ、ありがたくそれに乗っかった。高校受験も控えていてちょうどいいと思っていたが、受験が終わり二十三歳になったいまもズルズルと休業中の看板を下げている。
でも年齢的にそろそろ将来について真剣に考えなければならない。
ともだちにシェアしよう!