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第3話
「実はバイト先で社員にならないかって誘われてて」
「晶は役者しかできないよ」
芯の籠もった言葉が胸に突き刺さる。
一人で会社を大きくした田貝の言葉には努力して培った勝者の重みみたいのがあり、軽石でできた晶の考えを簡単に粉砕してしまう。
田貝は腕時計に視線を落とした。
「時間だ」
待っていましたとばかりにノック音がし、背の高い男が入ってきた。
圧倒的なオーラに部屋の空気が変わる。金色の髪は百獣の王を彷彿とさせるほどの威圧感があり、鋭い眼光も合わさって硬質な印象を受けた。
廊下に貼ってあったポスターの笑顔とは全然違う。どこがいつもニコニコして、愛想がいいのだろうか。
「天根尚志くんだよ。知ってるよね?」
「初めまして」
小さくお辞儀をする仕草がどこかやらされている感がいなめない。礼節を軽んじている態度に眉間の皺が寄った。
「あぁ、ごめんね。天根くんはちょっと特殊でね」
「特殊?」
「一度役が入ると撮影が終わるまで抜けないんだよ。いまは犯人役だっけ?」
「はい。残虐な殺人犯です」
低く唸るような声にひゅうと喉が鳴った。氷がつまった水風呂に入れさせられたような寒気すら感じる。
けれど一つ疑問が浮かぶ。
天根とは接点がない。どうしてここにいるのだろうかと疑問を込めて視線を投げると田貝は意地の悪い笑みを浮かべた。
「晶には天根くんのマネージャーになってもらう」
「はぁ!? なにそれ」
「実はマネージャーが育休に入ってね。双子のパパなんだ。めでたいだろ?」
「どうして僕がやるんだよ」
「三ヶ月したら戻ってくるから」
スーパーの社員の打診がきたと話したばかりなのに田貝は忘れてしまったのだろうか。いや、そんな訳ない。この男はなにか企んでいる。
田貝は椅子に深く腰かけ、背もたれに身体を預けると晶を反応を窺うように目を細めた。
「その手に持ってるDVDって全部でいくらすると思う?」
「えっと…… 四、五万くらい?」
「あたり。それを月一で毎月、約三年間渡してたよね。総額いくらになると思う?」
「二百万くらい?」
「じゃあそれをいまから払って」
週五でアルバイトに入っているが稼げて月二十万そこそこ。家賃や光熱費、食費などを差っ引くと残った金額は少なく、貯金も百万程度。
いままで親戚のよしみでくれていると思っていたが、いつか晶を脅すための布石だったのだとようやく気がついた。
「できないでしょ? なら天根くんのマネージャーやってくれたらチャラにしてあげる」
「そ、それは卑怯だ!」
「それとも役者に戻る?」
田貝の言葉に唇を噛んだ。
キリカンの影がずっとまとわりついている。
戻る覚悟もなく、マネージャーをやるでもなく、休業中の自分を事務所の末席に所属させてもらえている環境にずっと甘えているのだと頬を叩かれた気分だ。
「別にやらなくていいっす」
沈黙を保っていた天根が口を開く。長い前髪から覗く瞳は真っ暗で何もない。怒っているのか、呆れているのか、彼の本心が隠れてしまっている。
ふとどうして撮影をしているわけではないのに天根は役に入っているのだろうか疑問が湧く。
天根は欠伸を噛み殺して天井の四隅を見ていて、この話題に興味がなさそうにしている。
芸能界にいるなら晶のことを知っているはず。それがマネージャーをやるかやらないかという話し合いに参加しようともしない。
いや、できないのだ。
役に入り込んでしまうと田貝は言っていた。もしかしたら普段から役になりきっているから、天根の人格を消しているのだろう。
それほどまでに演技に命を懸けている天根に興味が湧いた。
(もしかしたらキリカンの呪縛から抜け出せるいい機会かもしれない)
スーパーの社員になるにしろ、違う道に進むにしろ、ここでキリカンを断ち切ってしまいたい。
そうしないといつまで経ってもキリカンを抜けられない気がする。
「わかった。マネージャー受けるよ」
田貝は晶の答えをわかっていたかのようにほくそ笑み、引き出しからカードキーを取り出した。
「さっそく今夜から一緒に住んでね」
「…… 住む?」
「天根くん、撮影が続くと食事を摂らなくなるんだよ。晶は家事全般できるだろ?」
「プライベートと仕事はきっちり分けたいんだけど」
「部屋は広いから大丈夫!よろしくね」
それはズルいと抗議の声は田貝に届くはずもなかった。
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