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第6話

 「着きましたよ」  運転手がドアを開けたと同時に天根は降り、慌てて支払いを済ませて追いかけた。お礼の一つぐらい言いやがれ。  最後の撮影は刑事から逃げる途中で事故を起こして死ぬというラストシーンだ。  スタジオに入るとスタッフや新人の役者たちが天根に気づき挨拶をしてくれるが、天根は小 さくお辞儀をしただけで足早に楽屋へと向かう。  通り過ぎたあとからスタッフたちがヒソヒソと話し始める。「なんだあいつ」「相変わらず調 子乗っているな」の声に冷や汗が噴き出す。  役者と言っても人気商売だ。仕事に関わる人たちには最低限愛想よくしておいた方がのちの ちの現場でも過ごしやすくなる。  それが縁と縁を結び、大きな仕事に繋がることなんてザラだ。  いまの天根は一匹狼で空気を悪くさせており、いくら役が入っているといっても限度がある。  楽屋の扉を閉め、他に誰もいないか確認してから声をかけた。  「あんな態度はよくないと思う」  「……はぁ?」  吐き捨てるような言葉にカチンとくる。  (でもここは先輩としてはっきり言わないと)  ぐっと拳を握り、荒立つ気持ちを鎮めた。  「スタッフさんや新人の子が挨拶してくれてるんだから、きちんと返しなよ」  「それはアンタのやり方だろ。俺には俺のやり方がある」  「なんだ、それ」  晶がまだ現役だった頃、挨拶は最低限のマナーだと先輩に教わった。そうすると現場のみん なと話すきっかけが増えて仲良くなり、連帯感が生まれ、いい作品になるという。  そのお陰で『僕らはなんでも屋』の現場は家族のようなアットホームがあり、いい結果に結 びついている。  経験を踏まえた助言だったのに天根に一蹴されてカチンときた。  「でもそんな態度だと悪く言われるぞ」  「あーはいはい」  「おまえ自分の立場わかってんの?」  「はいはい。そうですね」  もうこの話は終わりだと手を振られ、さらに怒りのボルテージが上がる。  天 根は机に肘をついて、胡乱げな目を向けた。  「あんた勘違いしてるみたいだけどさ、マネージャーとしているんだろ? だったら俺のや り方に口出す権利はないだろ」  「そうだな。勝手にすればいい」  痛い目をみるのは天根自身だ。どんなに言葉を尽くしても届かなかったらそれはただの耳障 りな騒音になる。  身をもって知るのが一番手っ取り早い。  ノック音がしてヘアメイク担当のスタッフたちが入ってくる。  やはり芸能界。  晶のことに目 敏く気づき、「ファンです!」と握手を求められ気前よく応じてみせたが、天根は台本チェック をしていて自分たちのやり取りを見ていなかった。  ヘアメイクを整えた天根は黒いシャツとカーゴパンツというシンプルな服装に髪はワックス で後ろに流している。闇を抱えた雰囲気が増し、眼光の鋭さと相まって『殺人鬼』にぴったり だ。  「 天根さん、入りまーす」  スタッフに先導されて、天根はスタジオ入りした。  眩しいほどの照明、カメラ、そして数え切れないスタッフと役者。緊張した空気とそれを解 そうとする空気が混ざりあっており、瞬時にいい現場だと悟った。  現場の雰囲気が懐かしい。まるで初めてスタジオに来たときのような期待に満ちた高揚感が あり、胸のなかで消えていたろうそくがぽっと音をたてて火が点く。  天根はスッタフとともにセット内に入ってしまったので、ひとまずマネージャーの仕事は休憩だろう。  邪魔にならないように照明も届かない奥に移動すると目の前に懐かしい人物が立っていた。  目が合うと大きく二度瞬きをしている。

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