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第7話

 「もしかして……晶ちゃん?」  「楓さん! お久しぶりです」  「本当いつぶりかしら。十年くらい?」  「それくらいになりますね」  「全然変わってないわ」  目尻の皺を深くさせて笑う楓潔子(かえできよこ)は『僕らはなんでも屋』でキリカンの母親役だった女優だ。  毎日「寛太!」と怒鳴られていたことを思い出し、当時の記憶が引っ張られるように蘇ってくる。  楓は両親を亡くしたばかりの自分を気遣って現場によくお弁当を作ってきてくれた。現場でのノウハウや挨拶の大切さ、涙の流し方や感情の込め方など演技の指導もしてくれて俳優としての先輩でもあり、母でもあもある楓は特別な存在だ。  「ずっと休業してたからこのまま辞めちゃうんじゃないかって心配してたの。もしかしてこの作品で復帰?」  「いまは天根のマネージャーをやってます」  「どうして?」  大きな黒い瞳をくりくりとさせて驚く楓にどう説明しようか悩む。  (DVD代を返すためだけど、そんなこと言ったら心配かけちゃうかな)  うまい言い訳が思い浮かばない。笑顔でやり過ごそうとしたが楓から慈愛のある目で見つめられてしまうと罪悪感で息苦しくなる。  楓の前では嘘を吐けない。  「……実は社長に交換条件、というか大きな借りがあって」  「あら、もしかしてお金関係?」  鋭い。  言葉を濁したのにわかってしまうらしい。晶の表情の変化を見て、楓は小さく笑った。  「昔っから嘘が下手ね」  「成長できてない証拠です」  「でももし本当に困ってるならお金貸すわよ?」  「いやいや、そこまでしてもらわなくて大丈夫です!」  「そう?」  このままだと本当に財布を出してきそうで丁重に断った。母親気質のあるいい人だと改めて痛感する。  「リハーサル入ります!」  スタッフの声に談笑していた人がみんなセットに視線を向ける。  これから殺人犯である天根が自宅で逃げる準備をしているシーンを撮る。セットはワンルームのボロアパートで服や惣菜パックなどが散らかっていて、既視感を覚えて目眩がした。  中央に立つ天根は監督と最後の打ち合わせをしているが、棒のように突っ立ったまま返事の一つもしていない。  (言ったそばから!)  苛立ちが募ったがマネージャーがセットに入って説教なんて始めたら逆に怒られてしまう。  ただでさえドラマ撮影は時間に追われるので、一秒たりとも無駄にはできない。  「天根はいつもあんな感じですか?」  「あんなって無愛想ってこと?」  「共演者さんやスタッフさんには愛想よくするように言ったのに拒否されました」  「まぁ、うふふ」  楓は口元に手を当てて上品な笑顔をつくる。なにが面白いんだ、と余計にささくれ立った。  「とてもいい子よ」  「……そうですかね」  「晶ちゃんもまだ若いわねぇ。そのうちわかるわよ」  二十三歳のどこが若いんだ。でも楓からしたら晶も若手の枠に入るだろうか。  莫迦にされたような揶揄われたような言葉に唇を尖らす。  「三、二、一」  カウントダウンとともにリハーサルが始まる。  リハーサルと言っても本番と同じようにカメラは回すので、見ている側は物音一つたててはいけない。自然と呼吸を潜めて、セットに目を向けた。  『くそっ!』  天根は部屋の家具やペットボトルを蹴飛ばしたり殴ったりと、抑えきれない怒りを爆発させていた。  完璧な殺人計画だったのにどうして警察に勘づかれたのだと憤っている。  八重歯を覗かせる天根の表情はまさに追い込まれた犯人だ。けれど漂う哀愁から彼が本来は殺人を犯すような人間ではないとわかる。両親と妹を殺された、その復讐のために人を殺したのだと。  久しぶりの現場に興奮した。さっきまで夕飯はなに食べようかしらと話していた女優が急に泣き出したり、怒鳴ってきたりと表情や感情を切り替える瞬間を見るのが好きだった。  目が変わる。私はいまから泣くのだ、という気迫が針となってちくちく刺された。その痛みに血が沸騰するような興奮を覚え、瞬き一つ見逃さないように食らいついていた。

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