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第10話

 早朝から撮影があるので、日の出前に起きて朝食と弁当を作った。そして掃除と洗濯、ごみ捨てを済ませたところに天根が起きてくる。  「おはようございます……朝、早いですね」  「早起きは得意なんだ」  天根の寝癖一つない髪が羨ましい。役に入っているせいか、ドラマのワンシーンのようなキラキラを背負い、色褪せたTシャツでもそういうデザインだと思わせられる。  「ご飯美味しそう!」  テーブルに朝食を並べると一変、天根は満面の笑みを浮かべた。今朝はフレンチトーストと根菜サラダ、コンソメスープの三品。天根は一口食べるごとに丁寧に感想を言ってくれ、むず痒い。  中学にあがったのと同時に両親を事故で亡くし、母の弟である田貝に引き取られた。仕事が忙しい田貝のために家事全般を請け負っていたが、感謝されたことは一度もなかった。  別に礼を言って欲しかったわけではない。引き取って貰えなければ施設行きだし、ただ飯食らいは性に合わない。なにより家事を淡々とこなす作業は嫌いではなかった。  野菜や肉が色々な料理になる過程は楽しく、部屋がキレイになったり、皺一つないシャツを着ていると同級生より少しだけ大人になったような優越感を得られた。完璧は気持ちがいい。  だから天根のため、というよりは自己肯定感を満たすために家事をこなしている。  美味しいなどと反応が返ってくるとどうすればいいかわからなくなる。  「家事が好きなんですか?」  「まぁ嫌いじゃないかな」  「葛西さん……育休中のマネージャーも家のこと頑張ってくれてたんですけど、あまり得意じゃなかったみたいで」  「ごみ屋敷だったもんな」  「俺ももう少し余裕があればいいんですけどね」  自嘲気味に笑う天根の横顔は疲労を滲ませた。今日から新作ドラマの撮影が始まる。  役柄は女にだらしがなくて遊び人の大学生だ。ソラとは真逆の性格だろうから、神経がかなりすり減 るかもしれない。  撮影は基本的に都内近郊か日帰りできる距離と決まっている。近年の視聴率の低下であまり予算をかけられないから近場で済ますと事前に説明があった。  だから今日は栃木で撮影をするので朝が早い。でも日帰りの予定だし大丈夫だろうと高をくくっていたら機材トラブルに見舞われた。あれよあれよと撮影が伸び、終わったのが日付が変わったあと。  終電はなく、運が良いのか悪いのか近くのホテルに宿泊できることになりスタッフや共演者がぞろぞろと移動を始めているのを呆然と眺めた。  明日は昼前から都内で撮影だ。確かに帰る労力を考えたら、ここは一旦休んだほうが効率いいかもしれない。  チャラ男が板についた天根はずっと機嫌よくニコニコしているが、顔色は真っ青だ。いつもきちんと伸びている背筋が左右に揺れていて、立っているのもやっとなのかもしれない。  (どうしよう。無理してでも帰るか)  生憎自分は車の免許を持っておらず、タクシーを呼んだとしても山よりの場所にいるので時間がかかってしまう。

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