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第11話
「どうする?」
「なにが?」
「みんな泊まるみたいだけど、ホテルだと天根はリセットできないだろ? いまからタクシー呼んで帰ろうか?」
「いや、せっかくホテル取ってくれたなら泊まってオールしようよ!」
「でも」
「大丈夫っす!」
引きつった笑顔を見て無理しているのは丸わかりだ。でもここで突っ立ったままでいても意味がない。
「わかった。せめて一人部屋にできるか訊いてくる」
「大部屋でもいいよ」
表情と言葉のテンションが合っていない。ふらふらとした足取りの天根を支えながらホテルに向かうとエントランスに見知ったスタッフが待ってくれていた。
「お二人はダブルになってしまうんですけど、大丈夫ですか?」
「ダブル!? シングルはないんですか?」
「シングルは満室みたいでして。すいませんが、お願いします」
鍵を渡すとスタッフは走ってどこかへ行ってしまった。
振り子のように揺れている天根は完全に限界を迎えている。それでも笑顔を絶やさないのは役者根性というより脅迫めいた意地だろう。
「とりあえず部屋に行こう」
ダブルベッドで占領された部屋はテレビ、冷蔵庫と必要最低限のものしかないが、一晩過ごすには申し分ない。
「じゃあ僕は出るから明日な」
「どこで寝るの?」
「適当にやるよ。別にどこでも寝れるし」
一秒でも早く休ませたくて、扉に向かうが天根に腕を引っ張られ後ろに仰け反った。顔を上げると天根はどこか怒っているように顔を歪ませている。
「それじゃ休まらないじゃないっすか」
「僕は平気だよ」
「でも」
「いいから、もう早く休め」
「晶さんが外で寝ていると思ったら心配で寝てられない」
「あのな」
女をたぶらかす甘い言葉に頭が痛くなった。チャラ男としてなのか天根の本心なのか見極めがつかない。
でもここで押し問答をしていても時間の無駄だ。
「……わかった」
「やった。一緒にベッド入ろう」
手を引かれ軽い足取りでベッドへ向かう天根の大きな背中を見上げる。これが女の子だったら誘われていると勘違いされてしまうのではないか。
(僕が男でよかったな)
寝ついたら部屋を出ようと決め、寝転んだ天根に肩まで布団をかけてやるとふっと笑った。
「キリカンってぬいぐるみと一緒に寝てたよね」
「そうだな。くまのクマ吉」
「あのぬいぐるみ、いまも持ってる」
「物持ちがいいな」
「クマ吉を持っていると晶さんに近づけるような気がして」
「なんだそれ」
自分に近づこうと幼い天根が一生懸命考えたのがクマ吉を持っていたという事実に頬が緩む。
もっと手短にファンレターを出すなり、芸能事務所に入るなりいろんな手段があったはずなのに。
いまでこの容姿なら子どものころはさぞ可愛らしかったに違いない。すぐにデビューできただろう。
子どもの天根を想像しながら頭を撫でてやるとよっぽど疲れていたのか、すぐに微睡み始めた。
すぅと息を吸う。
『おやすみ、クマ吉。明日もいい日だといいな』
キリカンの締めの台詞だ。寝る前に必ずクマ吉にそう告げてから布団に潜り、次回予告が始まるという最後の演出でもあった。
久しぶりにキリカンの役に入ってみたが、二十三歳の自分が十歳のキリカンを演じるのは違和感がある。
でも役に入り込むときのスイッチが切り替わる瞬間、身体を巡っていた血液が逆流して作り変えられる感覚に興奮を覚えた。
役に意識がダイブする。自分の人格を底に沈め、別の人格が乗り移ったような時間に背筋がぞくぞくと震えた。
うつらうつらしていた天根の両目がぱっちりと開いた。
「……いまのってキリカン?」
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