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第13話
珍しく現場が荒れている。
ドラマ撮影は時間との勝負で、常にスタッフやキャストが右往左往しているのは当たり前だが、今日は雰囲気が違う。みんな殺気にも似た表情をしてどこかに電話をかけている。
「誰か捕まりそう?」
「まだです……」
「やばいな。また別の事務所にかけてみよう」
「はい」
盗み聞きした話を合わせるとどうやら役者の一人が盲腸で来れなくなったらしい。
台詞のある役なので代役が誰でも良いというわけにはいかないそうだ。しかも主人公の天根のクラスメイト役でそれなりに出番もある美味しい立ち位置。
演技ができる役者ではないと作品自体の完成度に関わる。
今回は学園ものドラマで年齢制限もあり、夜の十時を回ったので未成年の役者は使えない。
撮影セット下の教室風景だけが出番を待ち侘びるように虚しく輝いていた。
「撮影まだ始まらないの?」
砂糖と蜂蜜を溶かして花に塗りつけたような甘い香りがして鼻白んだ。香水の匂いはあまり得意ではない。
ワンカールさせた髪を揺らしながら小城メメは彼女のマネージャーに耳打ちした。
「もうちょっと待ってね」
「もうちょっと、もうちょっとって二時間は待っているのだけど」
そういって丁寧にリップの塗られた唇を尖らせている。
小城はヒロイン役でアイドルグループの人気メンバーだ。化粧品ブランドを手掛けていることから女の子にカリスマ的に人気を誇る。少女漫画原作という女性向けの作品にうってつけだから起用されたらしい。ちなみに演技は未経験。
その様子を眺めていると小城と目が合ったが、すぐにぷいっと反らされてしまった。新鮮な反応をされるので面白い。
隣に立っている天根は朝から一日撮影が続いていたので、常に腹黒クールキャラを背負い込んでいる。暗がりでも具合いが悪いのは一目瞭然。早く撮影を終わらせてあげたいが、ただのマネージャーの自分にはどうすることもできない。
「大丈夫?」
「平気」
口数が少ないのはキャラのせいなのか、疲れのせいなのか毎日一緒にいるようになって天根の性格がわかってきた。これは間違いなく後者だ。
まだ撮影が再開しそうにない。
「楽屋で休もう」と声をかけようものならクールキャラのせいで断られるのは目に見えていたので、無言で楽屋へ連れて行くと大人しくついてきてくれた。
楽屋には誰もいない。上がり框の畳の上に座布団を並べればギリギリ横になれる広さがある。
座卓を端に移動させて、座布団を並べた。
高身長の天根は窮屈そうに脚を曲げ、折りたたんだ座布団の上に小作りな頭を預ける。
触り心地のいい髪を撫でてやるとそれが合図かのように天根は瞼を閉じた。
『おやすみ、クマ吉。明日もいい日だといいな』
ふぅと深く息を吐いた天根の身体の力が抜ける。伏せられた長い睫毛と計算されて配置されたように整った目や鼻、唇を順に見ると胸がざわざわする。
こうやってキリカンで寝かしつければ天根は素に戻れるとわかり、外でもリラックスできることが増えた。
キリカンを演じる自分に違和感はあるが、それは目を瞑るしかない。
そう言い聞かせるのは、まるでやましい気持ちをひた隠しにしているかのようで落ち着かない。
前回のドラマ撮影時のトラブルでホテルに泊まったときのことを思い出す。抱き締められて抵抗できるのにしなかったその理由が未だにわからずにいた。
たくさん映画を観て、登場人物たちの心情を理解しようと頭をフル回転させてきたが、自分の気持ちの言語化がこんなに難しいとは知らなかった。
「これだ!」
突然の声に肩を跳ねさせて扉の方を見ると監督が立っていた。なぜ楽屋に勝手に入ってきているんだと文句を言いたかったのに、言葉が出てこない。
監督はスタッフの静止も聞かずにずんずんとづいてくる。
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