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第14話
「南雲晶くんだね!」
「あ、はい」
「昔一緒におもちゃのCM撮ったことがあるんだよ。覚えている?」
記憶を辿るように監督を見つめる。特徴的な丸い形の顎鬚、天然パーマのようなくるくるした髪は確かに一緒に仕事をしたことがある人だった。
「覚えています。子どものときはお世話になりました」
「よかった。じゃあ昔のよしみで代役やってくれない?」
「まさかクラスメイトってことですか?」
「そう! 南雲くんと天根くんが一緒にいるのを見てピンときたよ。これだ!って」
「……僕はもう俳優を辞めたので」
「でも社長に聞いたら使ってもいいと許可が降りたよ」
「え!?」
(田貝さん、一体なにを考えているんだ)
こちらの都合などお構いなしに勝手に決めてしまうなんて酷い。
でも自分もマネージャーをやるからとノコノコ現場についてきているので田貝ばかり責められない。
「さっきのキリカンだよね?」
「それは、えっと」
「本当困ってるんだよ。助けると思ってさ」
昔お世話になったことがあるだけに良心が痛む。
それにこれ以上撮影が伸びると緻密に作られた天根のスケジュールが崩れてしまう。
「やるんですか?」
起き上がった天根の切れ長の瞳に見つめられ息を飲んだ。疑問系なのに確信にも似た強い言葉はさも晶がやると決まっているような言い方で、絡まっていた糸をすぱっと切られた。
「……わかりました。やらせて頂きます」
「じゃあ早く着替えようか」
「はい」
メイク担当のスタッフが制服を持ってきてくれて、急いで着替えてヘアメイクにとりかかった。
ものの数分で二十三歳が高校生に早変わりだ。最後に眼鏡をかければ、クラス委員長の容姿になる。
慣れない学ランの裾を引っ張ったり、くるりと回ってみながら鏡を見るとどこからどう見ても冴えない男だ。
伊達メガネのお陰でアーモンド形の目を隠してくれ、女っぽさが薄らぐ。
天根はふわりと笑った。
「すごく似合ってます」
「二十三歳で制服が似合うのも問題な気がするけど」
「ここ留まってないですよ」
襟元のボタンを留めてもらうと気恥ずかしさで頬が熱くなった。自分の方が年上で、天根を支えるべきマネージャーという立場なのに、これじゃ逆じゃないか。
「留めづらいです」
「あ、ごめん」
顔を上げると天根の顔が間近に迫る。羽のようにふさふさの睫毛も高い鼻梁も透き通るような肌が眼前いっぱいに広がっていた。
毎日見ているはずなのになぜだか胸が無性に騒ぐ。数センチの距離で目が合うだけで、甘酸っぱさが波紋のように全身に広がった。
腹黒王子キャラにあてられたせいだろうか。
「はい、できました」
「……ありがとう」
「掛け合い、楽しみにしてます」
「期待されると困るんだけど」
「だって憧れてた晶さんとの初共演ですよ。浮かれるに決まってるじゃないですか」
「はいはい」
口ではそう言いながらも晶自身も天根との共演にわくわくしている。だが同時に暗い影が足元からの
ぼってくる気配に背筋が凍った。
世間ではキリカンのイメージを強く持たれている。
(またキリカンに似ていると言われるんじゃないか)
そう思われないように委員長のイメージを膨らませる。
委員長はきっと真面目に勉強をしていて、塾とかにも通っているかもしれない。夜通し勉学に励んでいる委員長をよそに天根演じる腹黒王子は歩いているだけで女子から黄色い声があがるモテ男っぷり。
同じ男として面白くない。
きっと頭がいい分、自分の方が秀でていると思っている可能性もある。いや、逆にやっぱりすごいなと尊敬している方だろうか。
あまり台詞がないのにここまで考えるのはおかしな話だが、その一言でも魂を込めたかった。
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