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第15話
「リハーサルいきます」
スタッフの声に瞼を開ける。教室の廊下側の席で天根は座っているだけなのに雰囲気が違う。ニヒルな笑い方も似合っていて、まさに腹黒王子。
挑発するように眼光を鋭くさせた天根に負けないようにぐっと足に力を込める。
「三、二、一……」
『塚原くん、現国のプリント出し忘れてるよ』
『わりぃ、これよろしく』
『自分で出してきてよ』
『めんどい』
『しょうがないな』
プリントを受け取り教室を出て行く。入れ替わるように小城が入ってきて、天根との掛け合いが始まる。
スタジオの隅まで歩ききり、その場にへたり込んでしまった。
照明の熱さやスタッフや他の役者の視線、期待、羨望、妬み。それを全身に受けながら演技するのは精神力が削れる。ほんの少しだけだったのにこの体たらく。ブランクなんて生易しいものじゃない。
(完全に鈍っている)
それがなんだか無性に腹が立つ。昔は毎日のように撮影があってもこんなに疲れることはなかったのに。十年という月日の長さを痛感した。
台詞も声が少し震えてしまっていて悔しい。
滑舌は悪くなかったか。
抑揚は聞き取りやすかっただろうか。
歩き方は変じゃなかっただろうか。
全力でやりきれたと言えるだろうか。
後悔の渦にぐるぐると襲われて思考ごと覆われてしまう。
監督と話していた天根と目が合うと小馬鹿にされたような目線に地団駄を踏みたくなった。
もっとやれるはずだと自分を奮い立たせ、背筋を伸ばし、お腹に力をいれる。
「本番いきます!」
スタッフの声に待機場所に戻ると監督がすれ違いざまに肩を叩いてきた。
「その調子で」
「まだまだいけますよ」
「言うね。期待している」
スタッフの声が響く。
「本番三秒前、二、一…… 」
『塚原くん、現国のプリント出し忘れてるよ』
『わりぃ、これよろしく』
『自分で出してきてよ』
『めんどい』
『しょうがないな』
天根からプリントを受け取ったときにわずかに口元を綻ばせた。きっと女子から人気の腹黒王子に頼まれて嬉しかったに違いないという晶なりのアレンジだ。
でもその演技はカメラには映らない。主役の天根に焦点を当てているはずだから、このこだわりは天根にしかわからないだろう。
教室から出るときも足音を立てないように。でも背筋を伸ばして凛々しく。そのままスタジオ端まで移動する。
「カット! 天根くんどうしたの?」
監督の声に振り返ると天根はこちらを見たまま固まっていた。小城がリスのような目をさらに大きくさせて「おーい、塚原くん?」と天根の眼前で手を振っている。
天根ははっと気づき、そして深く頭を下げた。
「悪い」
「もうしっかりしてよ」
「じゃあもう一回本番いきます!」
今度は問題なく撮影が終わりほっとした。疲れがピークなのだろうか。
楽屋へ戻っていると監督が追いかけて来てくれた。
「南雲くん、本当に素晴らしかったよ! 次もよろしくね」
「でも本業はマネージャーなのでセリフは少なめで」
「わかってる! よかったら別の作品も撮ってるんだけど、南雲くんにピッタリの役があるんだ。やってみない?」
監督のありがたいお誘いに頷きそうになってしまった。ぜひ出たいです、と言えば出演できるのだろうかと淡い期待が胸に芽生える。
(いやそんなのただの挨拶に決まってる)
頭を振って甘い考えを捨てた。マネージャーを全うしようと気持ちを切り替える。
「いまは遠慮しておきます」
「じゃあやりたくなったらいつでも声をかけてよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をすると監督はスタジオに戻って行った。誘われたということはキリカンではなかったということだ。その事実が嬉しい。
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