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第16話

 着替えて外に出ると遠くの空で星が瞬いている。都会は明るすぎるせいか星の光が弱くいまにでも消えてしまいそうだ。  同じように夜空を見上げた天根がぽつりと呟いた。  「やっぱすげぇな」  「流れ星でも見えた?」  「晶さんが」  「……気を使わなくていいよ」  「そういうんじゃねぇし」  唇を引き結ぶ天根の横顔は拗ねた子どものように見える。  (なにか気に障るようなことがあったのかな)  自分が見ていないところで天根を不安にさせてしまった。これじゃあマネージャー失格だ。  俳優のメンタルを支えるのも大切な仕事。  天根が風呂に入っている間に胃に優しいものを作った。  雑煮と具だくさんのスープ、そしてデザートには葡萄ゼリー。美味しいもの食べて、栄養をつけて欲しい。  扉が閉まる音に顔上げると天根は濡れた髪をバスタオルで乱雑に拭いている。鍛えあげられた上半身に水が滴り、煽情的な色気を醸し出す。  心臓がどきりと跳ねた。この色気は目に毒だ。男の自分ですら見ていると頬が勝手に熱くなってしまう。  まだ腹黒王子のままの天根は胡乱げな目で食卓を見てから、部屋に戻る。ものの数分で戻ってきたときにはさっぱりした表情でシャツを着ていたほっとした。  「晶さんも疲れているのにご飯まで作ってもらっちゃってすいません」  「いいよ、別に。家事は嫌いじゃないからね」  「どれも美味しそうです。いただきます」  相変わらずニコニコと食べてくれる。いつもの天根だ。  どこか悩んでいる様子だったが、訊いてもいいのか塩梅が難しい。スタッフへの対応にケチをつけて怒らしてしまった過去があるだけに踏み込み過ぎはよくないと自制が働く。  でもだからといって知らん顔をし続けてもいいのだろうか。  「なにか悩み事ですか?」  「え、なんで」  「箸が止まってるから」  逡巡しすぎて食べることを忘れていた。タレントに気にかけられるなんて本末転倒だ。  悩んでいても仕方がない。  箸を置いて、居住まいを正した。  「さっきはどうした?」  「さっきって」  「リハのとき珍しく詰まってただろ?」  その話題を出すと天根の眉がきゅっと寄せられた。  「……飲まれました。晶さんの演技に完全に飲まれました」  不服そうに唇を尖らせた。  「ブランクあるのになんで完璧な演技ができるんですか」  「そんなお世辞はいいよ」  「お世辞なんかじゃない!」  大声をあげた天根ははっとしたように頭を下げた。  「すいません」  「いや、僕の言い方が悪かった」  「…… このお雑煮、美味しいですね」  綺麗な所作で口に運ぶ天根をじっと見返す。そのまとう空気が「もうこれ以上踏み込まないでくれ」と言っている。  一線を引かれた。やはり詮索し過ぎたのかもしれない。  天根のマネージャーになってもうすぐ二ヶ月が経とうとしている。仲良くなれた気がしたけど、だからといって境界線はきっちり守らないとだめだ。  他愛もない話題を出すと天根もそれに乗っかってくれ、はたから見れば和やかな食事風景にうすら寒いものを感じていた。

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