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第17話

 撮影は順調に進んでいる、かにみえたが終盤にさしかかり小城のメンタルが潰れた。正確には潰れかかっていてマネージャーたちが取り直している。  毎日監督から演技指導が入り、小城もそれなりに応えようと頑張っていたが、ここにきてプツンと切れてしまったようだ。  マネージャーに肩を抱かれている小城はもう小一時間ほど子どものように泣きじゃくっている。  「わ、わたし……も、でき……なっ」  「大丈夫よ、メメ。あなたならできるわ」  「もぅ…… 無理ぃ」  マネージャーの励ましが虚しく響く。小城の出番以外はすべて撮り終わってしまい、残すは天根と小城の絡むシーンのみ。  スタッフやキャスト、監督も含めた全員が小城に視線を向け、みな一様に困惑の表情を浮かべている。  最終回まで残り一話でヒロインの挫折。誰も予想にしていなかっただろう。  演技に正解はない。  それは見てくれた人の受け取り方によって変わるので現場では砂浜のなかにあるダイヤモンドを探すように手探りな状況が続く。歌やダンスと違って目に見える成果を得られないから成長している実感を得られないのだろう。  でもいくら経験がないとはいえ、演技の世界に飛び込んだからには泣き言は許されない。  原作ファン、天根のファン、監督のファン、たくさんの人がキャストの演技一つで駄作だと心無い言葉を投げられる世界。  人に夢や希望を与えるなら泣いてばかりではいられないし、なにより大衆はそんな顔を求めていない。それがプロだ。  同じように傍観していた天根が口を開く。  「もうダメだろうな」  見捨てるような冷たい言葉に目を丸くした。鋭い眼光は小城を軽蔑しているように見える。  確かにいまの小城はプロとして失格だ。歌とダンスではない芝居という違う畑に来て不安に押し潰されようとしている。  自分もキリカンという重圧から逃げた。  どこまで逃げてもキリカンの影はついて回る。その道を選んでしまった人の呪いのように、きっと死ぬまで残るのだ。  (いま小城さんの気持ちに一番近いのは僕かもしれない)  晶はパンと両頬を叩いてから小城を囲んでいる輪に近づいた。  「いい身分だな」  大きな目をさらに開いた小城は唖然とした表情を浮かべた。周りのスタッフたちからもどよめきが広がる。  「ヒロイン役をやりたかった人はたくさんいる。そんな気持ちならその子たちに譲ってあげた方がいい」  「そ、そんなこと……今更できるわけないじゃない!」  顔を真っ赤にさせて立ち上がった小城に睨みつけられると背筋がぞくぞくとした。おしとやかで天然なヒロイン役を演じていたときとはまるで違う、負けん気の強い女の子だ。  「僕がヒロインをやってもいい」  「馬鹿言わないで! いくら天才子役だからって女になれないでしょ」  「メイクすればどうとでもなる」  「私がどんな気持ちでこの役を勝ち取ったか知らないくせにそんな甘ったれたこと言わないで!」  「なら最後まで見せてみろよ」  小城の瞳に光が戻り、きつく睨む両目には凄味があった。それだけ彼女がこの作品に情熱を注いでいるのがわかる。  「言われなくてもそうするわよ!」  「せいぜい高みの見物といきますか」  くるりと背を向けると「なによアイツ!」と小城の怒声が届くが聞こえないふりをしてその場を後にした。  スタッフたちがわらわらと小城の方へと向かいながらすれ違うたびに怪訝な視線を向けられるが気にしないふりをした。  その後は順調に撮影が進み、無事にクランクアップを迎えた天根が楽屋に戻って来るまで待機していた。  「小城、一度もNGを出さないで最後まで撮影できた」  「それはよかった。僕もこれでお役御免だな」  「どういうこと?」  「今日で三ヶ月経った。明日からは葛西さんに戻るよ」  天根は驚愕に顔を歪ませた。そして小さく「そうっすか」と返した。  「今夜荷物をまとめて出ていく。今日までありがとな」  「……まだ一緒にいたい」  まるで告白するような台詞に胸が大きく跳ねた。絞り出すような声は震えている。  天根の本心なのだろう。  そういう風に言ってもらえて嬉しい。頼って貰て、慕って貰えて、こんなに心が温かい気持ちになるとは知らなかった。  このまま天根のそばにいたら楽しいだろうなとも思う。そしてすぐなに莫迦なこと考えているんだと頭を振った。  あの日、田貝に頼まれなければ関わることのなかった天根との生活にピリオドを打つ。  長い人生のたった三ヶ月。  けれどとても濃密な三ヶ月でもあった。  寮に帰り、天根が自室に引き上げたのを見てから晶は荷物を持って出て行った。

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