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第18話
マネージャー業も終わり、休職していたスーパーのアルバイトに戻った。
商品の在庫と売り上げ数に齟齬がないか確認をしたり、雑用品の発注やたまに店内のフォローにも入る。三ヶ月も離れていたのにその月日を感じさせないほど自然と身体が動く。
ここが本来の居場所だと言われているみたいだ。
パソコンから顔を上げると新商品のポスターの筒が壁に立てかけられている。貼る時間もなかったのだろう。その一つを手に取り、店内に出た。
「おはようございます」
すれ違う従業員に定型文の挨拶を交わす。
休職していたのに誰も理由を訊いてこなかった。そもそも親しい人もいないのだから当たり前か。業務上、店長にだけは伝えておいたが、広めたりしていなかったらしい。
四年前に入社したときは違った。「あのキリカンがスーパーにいる」と従業員たちは色めき立ち、自分の性格がキリカンとは似ても似つかないことと店内に出れば客とトラブルを起こしてばかりで次第に鬱陶しい存在と成り下がり、誰も積極的に関わろうとはしてこない。
それからは店長以外とはほとんど話さなくなった。
ポスターを広げるとビールを片手にはにかむ天根の笑顔があった。秋をイメージしているのか紅葉が降り注ぐなか赤いトレーナーを着ている。
この人と数日前まで寝食を共にしていたなんて嘘のようだ。
掃除洗濯料理なんでもした。天根の下着も毎日洗った。少しでも放っておくとすぐにごみ屋敷になるあの部屋は大丈夫だろうか。
連絡先は知っているがマネージャーでもない、同業者でもない、友人でもないのにいまさら語らう内容は思いつかない。
ただ腹黒王子のドラマは毎週かかさず観た。この撮影現場に晶も参加していたのが遠い昔のおとぎ話のように感じる。
全部元に戻っただけ。
だがどこか物足りなくて、胸のなかに冷たい風が通り過ぎり、形容しがたい寂寥感があった。
スポットライトを浴びて役になりきるあの瞬間。
血が滾るような烈情を知っている身体は刺激のない型にはまった日々が物足りなく感じる。
死ぬ直前までこの喪失感を味わうのか。
(本来の環境に戻ったのにわがまま過ぎるよな)
ポスターに映る天根はキラキラと輝いていた。ビールジョッキを掲げていると顔の小ささがよくわかり、カメラマンが揶揄っていた。
この撮影のときも同行していて、まだ腹黒王子が抜けていない天根はニヒルな笑みを浮かべてしまい何度も撮り直した。
そしてキリカンになり頭を撫でてやれば力が抜けて、その後は順調だった。
天根は大丈夫だろうか。育休から返ってきた敏腕マネージャーがいるのだから問題ないはずだろう。でも役はちゃんと抜けているだろうか。
今度はマネージャーではなく、役者としてなんて虫が良すぎる。
仕事が終わり家に帰ると流れるようにテレビを点け、録画していたドラマや映画を片っ端から観た。
いままでと変わらないルーティン。
それなのに寝る前には必ず自分が一言喋った回を観てしまう。その話の台詞は自分以外のも全部覚えてしまった。
『塚原くん、現国のプリント出し忘れてるよ』
自分の声がリフレインして脳に響く。やはりテレビ越しで観てもこんなんじゃないと歯痒くなる。
クレジットに自分の名前が出てきて、本当に出演させてもらえたんだと光栄に思う。でも同じくらい実力が出せなかったことが悔しい。
腹ただしく思うならドラマを観なければいいのに、逆に観なかったら落ち着かなくなる。
もう何度目かの『塚原くん、現国のプリント出し忘れてるよ』を聞きながら瞼を閉じた。
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