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第19話
仕事終わりに田貝から呼び出され、天根のマネージャーを辞めてから久しぶりに事務所に脚を運んだ。
社長室の前のポスターは先日スーパーで貼ったのと同じビールジョッキを片手にはにかんでいる天根と目が合う。
わざと視界にいれないように視線を落とし、社長室の扉をノックした。
「失礼します」
「久しぶり、元気そうだね」
「ぼちぼちです」
にこやかな笑みを浮かべる田貝は目尻の皺を深くさせた。ちょうど書類を見ていたのかデスクの上に大量の紙が雪崩を起こしそうだ。
「はい、これいつものやつね」
紙袋を手渡されなかを覗くと数枚のDVDが入っている。もしかしてまたなにか頼まれるのかと訝しげに見ると田貝は白い歯を覗かせた。
「そんな怖い顔をしないでよ。ただのお礼。マネージャーをやってくれて本当に助かったんだから」
「……脅したくせに」
「脅すなんて人聞きの悪い」
自分は潔白だと言わんばかりに首を振る田貝を睨むが意味はないだろう。結局は彼の言う通りにマネージャーをやり、あまつさえドラマに出演までしてしまったのだ。
レールを用意されていたのはあまりいい気分ではないが、進むと決めたのは自分自身。田貝ばかりを責められない。
「今度は役者として仕事をしてくれると嬉しいよ」
「はいはい」
軽く聞き流して社長室を後にした。
エレベーターで一階まで降りるとちょうどタレントが帰ってきたのかタクシーが停まっている。視線を向けると降りてきた天根と目が合った。
「晶さんっ!」
飼い主に飛びかかる大型犬のような勢いでそばまで来た天根はサングラスとマスク越しでも満面の笑みだとわかる。
会うのが気不味いような嬉しいような複雑だ。曖昧な笑顔を返すが、そんなことも目に入らないのか天根は続けた。
「事務所に用ですか?」
「うん、ちょっと」
「もしかして復帰ですか?」
「天根は仕事終わったの?」
「あ、はい。忘れ物したので取りに来て」
天根の質問は無視したが気分を害した様子はない。ソラに見えるがたぶん違う。ソラと似た明るいキャラクターを演じているのだろう。
あとからもう一人男が出て来てた。
「先日までマネージャーをしていただきありがとうございました。葛西です。なかなかお礼できずにすいません」
「いえ、特になにもしてないです」
「そんなことないですよ。天根くんの部屋掃除してくれたって聞きました。それだけでも大助かりです」
あのごみ屋敷は酷かったもんなと苦笑を返す。
天根は葛西の肩を軽く肘打ちをした。今更隠す必要なんてないのに。葛西ははっとした表情でズレた眼鏡を直した。
「実はまた部屋が汚れてしまって……ハウスキーパーは入れたくないと言うし。よかったらまた掃除してもらえませんか?」
「……それは困ります」
葛西は慌てて続ける。
「もちろんお金は払います!」
「いえ、そういうことではなくて……」
無償でやるのが嫌だと言うわけではなく、また天根との繋がりが出来てしまうことが怖い。
できれば画面越しで見るくらいの距離感に留めておきたかった。
「いま仕事が忙しくて」
「あ、そうですよね。厚かましいお願いをしてすいません」
腰を直角に曲げて深々と頭を下げられると居たたまれなくなる。まるでこちらが悪いことをしてしまった気分だ。
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