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第21話

 オーディションに受かると同時にアルバイトを退職した。  事務所は相変わらず人材不足らしく、天根のマネージャーである葛西が兼任にしてくれ、なら一緒にいた方がいいよねとのことで再び同棲する運びになった。ついでに家政婦としての役割も任命され、俳優兼ハウスキーパーとして雇われた。  元々晶が使っていた部屋には布団だけだったが住むとなればそれなりに必要なものがあり、休みの日に家具屋や家電量販店に脚を運んでいるとすぐに撮影が始まった。  『それでも、キミが』はWeb発のBL小説で、閲覧数が一万回という大人気作品だ。  内容は教育実習生と高校生の禁断のラブストーリー。晶が演じる栗山が天根演じる朝香の恋心に気づき離れるが、数年後にボーイズバーで働いているときに再会して二人の運命が再び動き始めるというストーリーだ。  久しぶりの主演というプレッシャーから撮影前日はほとんど眠れずくまができてしまったが、きれいに化粧を施してもらえてなんとか済んだ。  台詞も全部頭に入っている。だがいざ撮影が始まったら緊張して飛んでしまいそうで撮影直前まで台本を読んでいると学ラン姿の天根がそばに寄ってきた。  「読み合わせ、手伝う?」  「最終確認してるだけだから平気」  「そう」  天根は家を出た瞬間から朝香の役が入っているので無表情だ。  スタッフに誘導されスタジオに入ると国語準備室のセットが出来上がっている。  一気に緊張感が高まった。もう逃げることは許されない。  以前のちょい役とは違う重圧が両肩にのしかかり、緊張感を馴染ませるようにスーツの襟を正した。  栗山は二十三歳の大学四年生。教師を志したのは両親に勧められたからだ。事なかれ主義で流されやすい性格が災いして、いろんな男たちと熱い夜を過ごす一面もある。  隣を歩く天根扮する朝香は十八歳の高校三年生。クールで無口だが栗山のこととなると饒舌になる子どもっぽいところもあふ。成人を迎える年ということもあり、学ランを着ていても子どもから羽化したばかりのアダルトな雰囲気も持ち合わせていて色っぽい。  惚けて見上げていると天根が前髪を弄り、窺うように視線を向けられた。  「どこか変?」  「いや、すごくカッコいいよ」  衣装合わせのときも女性スタッフや共演者たちから騒がられていた。きっと実際の高校生のときも女子にきゃあきゃあ言われていたんだろうな。  「そういわれると照れる」  恥ずかしそうに鼻先を掻く天根を見て、自分の言葉を反芻して頭が熱くなった。  「思ったことをそのまま言っただけで他意はなくて、ただ素直な感想で」  「どんどん墓穴掘ってる」  「うー」  なにを言っても取り繕える気もせず、口を噤だだ。  「晶さんも似合ってる」  「……七五三みたいだろ」  童顔のせいでスーツがまるで似合っていない。黒のスーツに藍色のネクタイを締めているが色合いの力もあって、幼さが際立つ。栗山はまだ学生だからこのくらいでいいんだと衣装スタッフに褒めて貰えたが微妙な気持ちだった。  「ちゃんと教育実習生に見えますよ」  天根は少し屈んでネクタイの結び目に指をかけ、唇を落とす。  琥珀色の瞳が間近に迫り、動悸が激しくなる。  その一連の仕草は妙に芝居がかっているせいだろうか。見慣れているはずの天根が朝香に扮しているとどうにも落ち着かない。  「リハーサルお願いします!」  スタッフの声に慌ててセットへ向かった。  今日は二人だけの撮影が多いので、他の演者たちはまだ来ていない。  「今日からよろしくね」  「こちらこそよろしくお願いします!」  監督に頭を下げると「気合入ってるね」と笑われた。監督は学生時代から数々の賞を取ってきたという業界では有名な人だ。よくない噂も耳にしたが作品に影響がなければどうでもいい。  「じゃあキスシーンからいこうか」  「キ、キス!?」  驚いて後ろに飛び跳ねてしまった晶に監督が不思議そうな顔をした。  「最初に撮った方が初々しさもでるし」  確かに一話目からキスシーンはあったが、台詞を覚えることに夢中で脇においていた。  そろりと隣を見ると天根は平然としていて、動揺しているのが自分だけで恥ずかしい。

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