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第22話
いまをときめくイケメン俳優はキスシーンくらいじゃ動じないのだろう。
でも自分は初めてなのだ。もちろん女の子と付き合ったこともなく、手を繋いだのも子役のとき以来だ。
つまりファーストキスになる。
ある意味滅多にない機会じゃないか。ファーストキスが天根なんて自慢できる。自慢する相手がいないのだけが悲しいが、いつか番宣とかで話せるネタになるだろうか。
それとも二十三年も生きていてキス一つしたことがない痛い男のレッテルを貼られてしまうのだろうか。
「南雲くん、わかった?」
「あ、はい。大丈夫です」
条件反射で頷いてしまったが監督の話をなに一つ聞いていなかった。
「もしかして具合い悪い?」
「全然平気です。絶好調!」
頬が熱を持ち始めたので慌てて頭を左右に振って誤魔化した。
これから栗山になる。教育実習先の朝香に恋してしまい、しかも同じ想いだと告げられた。
でも教職者希望である自分が道を踏み外すわけにはいかない。断腸の想いで告白を断るがキスを迫られ受け入れてしまう、というシーンだ。
この作品の肝になる大事な場面。大切に演じなければならないと追い込むと全身を巡っていたはずの血液が固まってしまったように感じ、指先一つ動かせない。
「キリカンになっちゃダメだよ」
監督が振り返りざまに残した言葉に肩を落とした。どこまでいっても背中にはキリカンがいる。
あの少年はいつまで居座るつもりだろう。
でもその言葉で目が覚めた。
ーー絶対に見返してやる。
「本番いきます! 三、二、一」
カンという音に頭のスイッチが切り変わる。
天根に壁に追い詰められ、吐息のくすぐったさに眉が寄った。
『先生のことが好きだ』
『そんなの勘違いだ。それに僕は……好きじゃない』
『嘘。いつも俺のこと見てるくせに』
近づいてくる唇。避けられるほどゆっくりなのに栗山は欲に負けて受け入れた。
柔らかくて温かい唇はすぐに離れる。
それを物寂しそうな視線を送りつつ、栗山は朝香を押しのけて教室を飛び出した。
「カット! すごいよかったよ」
「ありがとうございます」
無我夢中だったのに唇の感触がはっきり思い出せる。指先でなぞるとまだ熱が残っているようだ。
初めてのキスだったと噛みしめている間もなく、その後も撮影は一日中続いた。
久しぶりの現場に長時間の撮影は堪える。子どものときは夜の八時までの縛りがあったが、大人になれば無制限にできてしまう。
日付けが変わったころに撮影は終わり、そしてまた数時間後にはスタジオに向かわなくてはならない。
早送りのような初日にやっと息をついたのは家に帰ってソファに座ったときだ。
「お風呂どうぞ」
自室で役をリセットした天根はジャージ姿だ。髪も濡れているところを見るとぼんやりしている間に風呂も済ませたらしい。
確かにここで時間を潰すより早く寝て明日に備えた方がいいとわかってはいるのに、全身がバキバキと音をたてて崩れそうなほど疲労困憊だ。
「もう少し休んでからにする」
「ソファじゃ疲れとれませんよ」
「わかってる」
意識はどんどん沼に沈んでいく。眠い。疲れた。明日は撮影の合間に雑誌のインタビューも控えている。
予定を考えながらうつらうつらしていると現実か夢かの堺があやふやになってきた。
雑誌のインタビューを受けながら天根とキスをしている。本物のカップルみたいですね、なんて言われて付き合ってますからと返す。
付き合ってたっけ?なんて考える間もなく、キスの雨が降り注ぐ。
甘くて気持ちいい。もっとしたいと舌を差し出すとぬめりとしたものが咥内に入ってきた。
それに絡ませると応えてくれ、気分がよくなる
「んんっ……!」
自分の声に目を開ける。ほぼゼロ距離の天根と目が合った。
「えっ、なに?」
いきなり現実に引き戻されて混乱していた。いまなにをしていた?
もしかしてと唇に指を這わせるとしっとりと濡れている。
「おやすみなさい」
それだけ残して天根は自室へ行ってしまい、ただ呆然とドアを眺めていた。
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