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第23話
今日の撮影は都内の学校をまるまる貸し切って一日がかりで行われる。エキストラの学生や他の演者たちなど大勢いるので朝から大賑わいだ。
そこここで声が飛び交うのを聞きながら、会議室で準備を整えている。衣装を着て、メイクをして、髪を整えてと段々栗山に意識を同調させていくのにふと鏡に映る唇に視線が向いて、集中が途切れて惚けてしまう。
「もしかして暑いですか?」
「だ、大丈夫です」
ヘアメイク担当のスタッフが空調の温度を気にしてくれたが、理由を説明するわけにもいかない。
(あのキスはなんだったのだろう)
今朝顔を合わせたときどんな態度でいればいいのか悩んでいたのに、こっちが拍子抜けするくらい天根は通常運転だった。だからそれに合わせた。
そのせいでキスの件はうやむやになり、いっそ夢だったのと思い始めると唇の熱が現実だと訴えかけてくる。
でもさすがにこのままではいられない。今日は若い子が多いので見本にならなくては。
気合いを入れるために太腿を叩いた。
「南雲くん、準備できた?」
「はい。もう行きますか?」
「流れ確認したいみたい」
「わかりました」
葛西のあとに続いて楽屋を出て、中庭へと向かった。途中で昨日はいなかったスタッフや若い役者とすれ違い、頭を下げながら進む。
みんな目を見開いて驚いた顔をして、通り過ぎるとヒソヒソ話が耳に届く。
「復帰って本当だったんだ」
「ブランクあるくせに主演とかコネかな」
「事務所の社長の親戚らしいよ」
「あーだからか」
わかっていたことだけれど、やはり噂されるのはキツイ。
でもこの役は断じてコネではない。実力だ。
そう言えたらいいが、余計に火種を増やしてしまうだろう。
こぶしを握って耐えた。
「晶さん」
学ラン姿の天根が下駄箱に寄りかかり、目が合うと近づいてきた。セーラー服を着た女の子たちに囲まれていて、みんな惚けた表情をしてハートを撃ち抜かれている。
衣装を着た天根は一段とオーラがあった。髪を掻きあげる仕草も仏頂面も役が入り、デビュー二年目とは思えない圧倒的な王者の風格を漂わせている。
(でもそんな天根とキスをしたんだよな)
無意識に視線が天根の唇にいってしまい、やましい考えを振り払う。
「移動?」
「あ、うん」
「俺も行きます」
「そうだね。天根くんも一緒に行こうか」
葛西の言葉に天根は女の子たちの輪から抜けて隣に並んだ。
無表情なのに視線は柔らかい。みつめられる琥珀色の瞳は春の陽だまりのように温かくて、胸いっぱいに広がる。
また唇に目が奪われた。
ねっとりとした感触を思い出し、顔が熱くなってしまい背中に汗が伝う。
「衣装暑い?」
「いや、全然」
「汗かいてる」
頬を伝う汗を指ですくわれる。芝居がかった仕草なのにドキリとしてした。
(おかしい。今日はずっと変だ)
キスのことを思い出すと胸のなかをくすぐられているようで落ち着かない。
栗山が朝香に惹かれているからだろうか。
(役に引っ張られてる? 天根じゃあるまいし)
はたと気づく。
普段から役が抜けない天根はどんなときでも朝香だ。その影響で自分に対する態度がいままでと違うのではないか。
やさしい視線や態度、そしてキスも役が抜けないせいからだと気づき、心のどこかでは残念に思っていてそんな自分に首を傾げる。
中庭に着くとダークグレーのスカートとジャケットのセットアップを着た楓がいた。今回のキャスト表を見たときから共演を楽しみにしていた。
晶を認めるとふわりと笑った。
「スーツ似合ってるわよ」
「楓さんも素敵です」
「また共演できて嬉しいわ」
「僕もです」
「晶ちゃんラブシーン初めてでしょ?大丈夫?」
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