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第24話

 ここでそんなこと言わないで欲しい。母親が「うちの子、お腹出して寝てるのよ」と周りに言っているような恥ずかしさがある。  「はい……あの、えっと」  「昨日キスをしました」  「まぁ」  天根が会話に入ってきて楓は頬を染めて目を丸くした。仕事だと割り切っているのにおさまりきれていない頬の熱が再び上昇し始める。  毅然とした天根になんだか負けた気分だ。どうやら意識しまくっているのは自分だけらしい。  もしかして天根はプライベートでキスをしたことがあるのだろう。  こんなに格好良い天根が学生時代にモテまくりで、それはそれは無双しまくっていたに違いない。  天根が顔もわからない女たちとキスをしているのを想像すると冷水を浴びせられたように体温が下がった。  「そういえば末の息子がこの作品でデビューするの。覚えてる?」  「清が? 俳優になったんですか?」  「そうなの。上二人がならなかったから、てっきり普通の社会人になると思ってたんだけど」  「誰?」  「楓さんの末っ子の楓清だよ。いまは十七歳かな」  「噂をすれば。清!」  三、四人で固まっているグループに向けて楓が声をかけるとピンク色の髪の男が振り返った。  目が合うと楓そっくりの大きな目が細められ、こちらに走ってくる。  「晶ちゃん、久しぶり!」  「久しぶり。大きくなったな」  線を引いたようなくっきりとした二重に黒目がちな大きな瞳。楓に似て柔らかい雰囲気があるのにしゅっとした輪郭からは男らしさがある。背も晶より頭一つ分高い。  後ろをついて回っていた可愛らしい少年は立派な青年へと成長していた。  「愚息だけどよろしくね」  「いえ、そんなことないですよ」  「そうそう。だってオレは親の七光りがあるんだから」  「そういう風に使う言葉じゃないのよ」  楓が頭を抱えているのが可笑しくて笑ってしまった。普段はおしとやかでおっとりとした女性だが、どうやら息子相手にはそうもいかないらしい。  「楓さん、挨拶お願いします」  「はーい。じゃあ晶ちゃん、天根くんまたね。清は変なことしないでね」  「わかってるよ」  清に釘を刺して楓は行ってしまった。その後ろ姿をぼんやり眺めていると天根に袖を引っ張られる。  「俺らもそろそろ」  「あ、そっか。じゃあ清、またね」  「ちょっと待って」  清に腕を引っ張られたかと思ったら抱きしめられた。たまたま居合わせた女性スタッフの黄色い声が響き、我に返る。  「な、なんだ急に!?」  「昔はよくやってたじゃん」  「それは子どもだったからで」  清は末っ子ということもあり甘えん坊だった。  学校が終わったら楓の現場についてきて、抱っこやハグを強請られた。小さい背中や細い腕は守らなければという庇護欲に掻き立てられ、両親が亡くなって落ち込んでいた気持ちをしゃんとさせてくれる存在だった。  頼られると嬉しくて、後ろをついてくる清が本当の弟だったらいいのにと何度も思った。そしたら一人で寝る夜も両親が帰ってこない家も寂しくならないのに、と。  それなのに抱きしめられた体躯は記憶よりもずっと大きくて立派で、守ってあげる必要もない。  自分はあの頃のまま立ち止まっているのに清が成長している現実にショックを受けた。  「じゃああとでね」  清は来たときと同じように颯爽と戻っていった。  「……随分仲がいいんだな」  下唇を尖らせたまま天根はぶすっとしている。その顔は拗ねた子どものようだ。  「『僕らはなんでも屋』の現場に毎日来てたんだよ」  「ハグは必要ないだろ」  「清はいつもあの調子だし」  なんだか恋人に浮気現場を見られて言い訳をしているような焦りがあり、背中がジリジリする。  「いつもって……」  「ほら、弟みたいな感じで甘えてるんだよ」  「お兄さんたちにもハグしてた?」  「……聞いたことはないかな」  「隙ありすぎ」  天根はどんどん渋面を深くさせた。  恋人役だから嫉妬しているのだろうか。朝香は嫉妬深い男なので清に栗山を盗られたような気がしているのかもしれない。  「やっと見つけた! 監督が探してたよ」  葛西が汗だくになって来たので、気まずい空気がうやむやになりほっとした。

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