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第25話
もう何度目かのリテイクに現場の空気が重い。
学ランを着た若い役者たちから早く終わらせろよと言わんばかりの厳しい視線を向けられ、すいませんと小声で項垂れた。
「休憩入ります!」
スタッフのかけ声にぞろぞろと教室からみんな出て行く後ろ姿に再び頭を下げた。
「大丈夫?」
「うん。ごめん、迷惑かけて」
「調子悪そうだな」
天根に慰められると余計惨めだ。
晶が躓いているシーンは授業中に天根にだけわかるように色気を含んだ瞳で見つめるという大事なシーンだ。
いままで色恋沙汰とは縁遠い生活だったので色気がわからない。過去にたくさん観てきたドラマや映画のシーンを真似したが、監督には上っ面だけでそんなものは色気とは呼ばないと散々言われてしまった。
確かにその通りなのだ。
男を誘惑する色気を掴めていない。
何度も同じシーンで躓くので生徒役の子たちが辟易しているのがわかる。現場の雰囲気を悪くし、カットの声がかかるたびに一斉に吐かれる溜息に申し訳ない気持ちで顔を上げられない。
(主演はみんなを引っ張らなきゃいけないのに逆に足手まといになってどうするんだよ)
焦りが雪のように積もり、息が苦しくなる。
「色気ってなんだろうな」
「色気ねぇ」
尖った顎に細い指を当てながら考える天根は大人びている。実際二十歳なのだからそうなのだけど制服を着ていると誰でもそれなりに学生に見えるのに、天根の雰囲気が学生という枠を抜けている。
でもこの前の腹黒王子はちゃんと高校生に見えていた。
「腹黒王子のときといまって雰囲気違うよな。なに意識してる?」
「意識?」
「よかったら教えてよ」
藁にもすがる思いの質問に天根は意地悪く笑った。
「知らね」
朝香の役が邪魔をしているせいでいまの天根にも訊いても無駄なのかもしれない。けれどこの仮面の向こうには天根がいるのだ。
「いままでキスシーンしてきたことあるだろ? そういうときってどういうっーー!?」
先日天根と初めてキスシーンを撮影した日のことを思い出してしまい、頬が熱くなった。
(なに自分で墓穴掘ってるんだよ!)
言ってしまった言葉を引っ込みたかったが時すでに遅し。
天根は切れ長の瞳をわずかに大きくさせた。
「俺がいままで誰とキスしたか気になるの?」
「……そういう意味じゃ」
ごにょごにょと言い訳を並べていると耳元に口を寄せられる。
「キスシーンはあんたが初めて」
「そうなの?」
「ずっとNGにしてた」
「それはどうして?」
「晶さんとだから、ね」
その言葉にどきりと心臓が激しく鳴った。
「晶ちゃーん!」
どんと背中に衝撃に倒れそうになり、寸前のところで天根の腕に抱きとめてもらえてどうにか耐えた。
「いきなり危ないだろ! それに重い」
「相変わらず華奢だなぁ」
「清が大きくなったからだよ」
回された腕に首元を掴まれて苦しい。ギブギブといいながら腕を叩いたが離してはくれず、見兼ねた天根が引き剥がしてくれた。
「ちょっとなにするんすか!」
「気やすく触るな」
「これがオレたちなりのコミュニケーションなんです。ね、晶ちゃん」
「さすがにもうおんぶはできないよ」
「そうかな?」
まったく悪びれた様子もなく小首を傾げる。そうやって甘えれば許してくれるのを知っているのだ。
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