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第26話
「そういえば調子悪いの? NG何度もだすって初めてじゃない」
「悪い。僕のせいで撮影が長引いて」
「そんなこと言ってないでしょ! 珍しいねって話」
「色気がなにかがわからなくて」
「誰かと付き合ったことないの?」
「……ない」
清に嘘を吐くのは憚れるから正直に懺悔した。二十三歳、童貞、恋愛経験なしと自分でレッテルを貼るとさらに悲しくなる。
笑顔を深くさせた清の腕が腰に回された。指先が足の付け根に触れそうで、びくりと肩が跳ねる。
「じゃあオレがいろいろ教えてあげる」
「年下に言われても」
「でも恋愛面では先輩だよ」
「付き合ったことあるの?」
「まぁそれなりに。どうする?」
高校生の清に恋愛経験も負けているのか。確かにこれだけ人懐っこく明るい清はモテそうだ。
だが楓の顔がちらついた。それに年下から恋愛を教わるっていうのも変な話だ。
「……気使わなくていいよ」
「あれこれ教えてあげるよ。キスの仕方とか抱き方とか」
直接的な言葉に頭が湯だつ。この前まで泥だらけになって蝶々を追いかけていたくせにいまは女を抱いているのか。
それだけ成長しているのだ。自分は本当になにもやってこなかったのだと痛感する。
役者としてやっていくなら人生経験豊富な方が演技に深みが出る。役の幅が広がる。
本や映画では得られないものを人との繋がりで養っていく必要があった。
でもそれはなにも清から教わることでもない。ちょっとしたプライドが邪魔をして首を横に振った。
「もう少し自分で掴めるように頑張る」
「でもそれだと時間がかかるじゃん。手っ取り早く聞いた方が早くない?」
「答えを聞くのは簡単だけど、それだと身につかないよ」
この作品は栗山のアンニュイな雰囲気を求められることも多いため、自分で殻を破かなければこの先も役者としてやっていけない。
(やはり恋をしないとダメだよな)
初恋すら経験していない自分にとって大きすぎる関門だ。
風俗店に行くか誰か紹介してもらおうか。だが放送前にスキャンダルを起こして迷惑をかけるのは避けたい。
この問題を突破しなければ俳優「南雲晶」の未来はないだろう。
休憩後も撮り直したが同じところで躓き、今日はもうダメだと判断されてしまった。自分がいないシーンを優先的に撮るようにスケジュールが変更された。
主演なのに誰よりも厄介者だ。
自室の明かりを点けるのも億劫で、月明かりだけが照らす室内は薄暗く、辛うじて家具の輪郭がわかる程度だ。
天根が帰ってくるまでにご飯を作って、洗濯と掃除をしよう。いつも通りのルーティンをこなすのは身体にしみついているので考えなくていい。
だが気もそぞろだったせいか珍しく魚を焦がしてしまったり、柔軟剤と洗剤を間違えたりと散々だった。
失敗が重なると自分なんていなければいいと負のループに陥る。
あのままスーパーで働いて、天根のポスターを店内に貼っているだけの生活。安定して安全が保証された刺激のない日々。
それが嫌だと飛び出したはずなのにあの頃となに一つ変わっていない。
「なにこれくらっ!」
電気を点けて天根は大声をあげた。部屋がぱっと明るくなり、眩しさに目を細める。
「どうした?」
「……迷走してる」
「待ってろ」
自室に入った天根を待つこと数分。部屋着に着替えて少し表情が柔らかくなった天根が戻ってきた。
「あのあと撮影どうだった?」
「順調でした」
「だよな」
自分がいなくても問題ないということは、いなくていいと同義語だ。
やはり復帰にはまだ早かったのかもしれないと後ろ向きの考えはどんどん気持ちを沈ませる。
「もしかして悩んでます?」
「見ればわかるだろ」
「そっか。晶さんも悩んだりするんですね」
「なに当たり前のこと言ってるんだよ」
「そうですよね」
顔をくしゃっとさせて天根は笑った。あまりにも素直だったので苦言を飲み込んだ。
「僕ってどんなイメージ?」
「演技も家事もなんでもそつなくこなす完璧超人ってとこですかね」
「なんだそれ」
今度は晶が笑ってしまった。天根のイメージは現実とは程遠い。
「家事はずっとやってきたからできるだけ。演技はまだまだ」
「そんなことないです! 俺なんて家に帰らないとリセットできないし」
「じゃあ半端もの同士だな」
「ですね。悔しいですけど」
ひとしきり笑うと心がふっと軽くなる。暗い部屋で一人きりで考えているより、誰かと話している方が楽になるんだな。
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