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第29話
しばらくシャワーを浴びていると頭がすっきりしてきて、ようやく南雲晶が帰ってきた感覚になる。
(完全につられてる)
天根といると栗山の感情と強くリンクしてしまう。常に天根は朝香として振る舞っているせいで、栗山を演じていないと自分はここにいちゃいけないような違和感があった。
シャワー室を出て衣装に着替えると栗山も着込んだように一つになる。
「行こう」
出入口で待っていた天根と共に再びスタジオに戻った。次はまた別の男との絡みだ。
監督の声がかかり、カメラが回る。スタッフや他の演者や関係者たちが自分の演技に注目してくれ興奮を覚えた。
ーーもっと、もっと、もっと。
朝香が嫉妬でのたうち回るほど視線から指の動き、髪が靡く毛先一本一本まで意識を集中する。
「はい、カット!お疲れ様」
「……ありがとう、ございました」
監督の声に意識が返ってくる。頭が重い。
やっとの思いで家に着くがソファに座りでもしたら立ち上がれないのは明白だ。脚が棒のように硬くて辛かったが、鞭を打って家事をこなす。
乾燥機に入った洗濯物を畳み、風呂掃除をして、夕ご飯を作る。身体が資本なので野菜とたんぱく質がたっぷりのメニューだ。
「手伝いますよ」
「大丈夫だ。ゆっくり休んでろ」
「でも疲れてるでしょ」
「僕は平気だから」
洗濯物を片づけようとする天根を洗面所に追いやって、残りの家事に手をつける。
ちょうど天根が風呂から出てきたタイミングでできたての料理を並べると満足感があった。
「いつもありがとうございます」
「毎日言わなくていいよ」
「本当に感謝しているので」
丁寧に手を合わせていただきますと呟いてから箸をつける天根をぼんやりと眺める。一口食べたところで顔を綻ばせたのでほっと息が漏れた。
「今日も美味しいです。このチキンステーキの味つけいいですね」
「よかった」
「なんでそんなに家事頑張るんですか?」
「やらないと落ち着かないんだよ」
「もしかしてハウスキーパー分の給料もらってるからじゃないですよね?」
「違うよ」
「じゃあ事務所に頼んでハウスキーパー雇いましょう。晶さんも仕事で疲れてるし」
「……僕の味に飽きた?」
「そういうわけじゃないですけど」
「じゃあこのままで」
この話は終わりだと食事に集中する。箸で掴む、運ぶ、噛む、飲みこむ、箸で掴む、運ぶ、噛む。
決められたルーティンをこなすと安心した。
風呂に入って台本を読み返す。
明日は朝香と再会シーンだ。気持ちをきちんといれないと。
布団をかぶるとすぐに眠ってしまった。
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