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第31話

 次に目を覚ますと見慣れた天井と自分の布団がかけられていた。ぐっすりと眠ったお陰か頭痛はない。少し熱っぽい気がするがだいぶマシだ。  ドアの隙間からリビングの光が漏れ部屋に差し込んでいた。天根かそれとも葛西だろうか。  起き上がりふらふらと扉を開けると台所に天根の姿があった。  「どうかしました? トイレ?」  「のど、乾いた」  「飲み物ありますよ! すぐ持っていくのでソファで寝ててください」  返事をするのも面倒で言われるがままにソファに寝転んだ。すぐにペットボトルにストローを差したものを渡され一口飲む。乾いた土に水が染み渡るように身体の隅々までいきわり、生命の息吹を感じる。  額を触った天根はうーんと唸った。  「熱はまだありそうですね。頭痛は?」  「へーき」  「よかった。お粥作ったんですけど食べますか?」  「天根が?」  部屋の掃除もろくにできないのに料理なんてできるのだろうか。表情から読み取られてしまったのか天根は下唇を突き出した。  「俺だってネットで調べればお粥くらい作れます」  「そうだよな。悪い」  「いまもってきますね」  そう言うとどこから探したのか土鍋とお盆を手に戻ってきた。甘い米の香りを嗅ぐと腹がぐぅと鳴る。  一口食べるとほどよい塩気と卵の甘みが絶妙に絡まって美味しい。  身体の内側からぽかぽかと温まる。  「なんかこういうのっていいですね」  「そう?」  「恋人っぽい」  「こいびと……」  反復すると天根は続ける。  「熱が出た恋人の看病をするってドラマだと王道じゃないですか」  「確かに」  「晶さんはずっと完璧すぎなんですよ。俺が入る隙がないくらいにきっちりしてて」  「田貝さんにも言われた」  「社長もよく見てますね。だからこうやって熱で弱ってて、俺の作ったお粥を食べてくれて気分いいです」  「なんだそれ」  看病されたのなんていつぶりだろうか。最後に熱を出したのはもう十年以上前だ。  母親が寝ずに看病してくれて、柔軟剤の花の香りをめいいっぱい吸うとどんな高熱でも耐えられた。  この匂いがするところにいれば安全だったはずなのに。  そのやさしい香りはもう二度と包み込んではくれない。  寂しい、悲しいと泣く暇もなく晶にはやるべきことが山積みだった。自分の感情を切り離し、キリカンにだけ集中し完璧に演じきる。  そうしないと不安に押し潰されてしまいそうだったから。  熱が出てしまったせいだろうか、少し弱気になっているのかもしれない。それを後輩でもある天根に見られて恥ずかしいはずなのに田貝の言葉を思い出す。  ーー綻びがあるほうが人間らしいだろ。  天根は土鍋を片付けて、タオルケットをかけてくれた。  「熱出したときに絶対食べてたってものありますか? 俺は定番に桃缶です」  「フライドポテト」  「脂っこいもの食べるんですか?」  「そう。普通アイスとか果物なのになんかフライドポテトが食べたくなるんだよ」  母親はいつも嬉々としてフライドポテトを揚げてくれ、熱いポテトはほくほくで美味しかった。  「じゃあ買ってきます」  「いまはお粥食べたからいいよ」  「明日一緒に買いに行きましょう」  「恋人っぽい誘い」  「ぽいじゃなくて、そうでしょう?」  「ごっこだけどな」  「……そうですね」  「じゃあ恋人からの質問。なんでキスしたの?」  「台本にあったからで」  「この部屋でしたやつ」  それを訊かれると思っていなかったのか天根は固まってしまった。  ふっと視線を逸らした天根の表情は息苦しそうに歪められている。  「朝香だったら恋人になった瞬間にキスしそうだなって」  演じている役だからしたという発言に今度は晶が苦しくなった。なんでこんなに悲しくなるのだろう。  他の誰かが栗山を演じていたら同じことをしていたのだろうか。  (なんかムカつく)  キスをされて嬉しかったのは自分のなかに栗山がいたから。そうだ。そう違いないと納得させても腑に落ちず、イライラが溜まり、その晩はなかなか寝つけなかった。

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