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第32話

 朝起きたら熱も下がり頭痛もない。体調は万全でやる気十分だ。  昨日体調を崩して途中で帰ったことはすでに周知されているらしく、スタッフや共演者に労いの言葉をかけてもらった。  「昨日はご迷惑をかけてすいません。今日からまたよろしくお願いします!」  頭を深く下げて一人ずつに詫びた。もちろんケータリングも若い男の子向けに肉メインのサンドイッチにしたらさっそく人だかりができている。  そのなかにピンク色の頭が見え、向こうもこちらに気がついた。  「体調大丈夫?」  「もう大丈夫。今日からまたよろしくな」  清にまで心配されてしまい不甲斐ない。でもその気持ちをバネにして、前向きになれる。  「もしかして天根……さんのせい?」  「なんで天根のせいになるんだよ」  「役に引っ張られたのかなって。晶ちゃんと先生って似てないじゃん?だから無理してたのかと」  「例え似てなくてもキャラクターになるのがプロだろ。今回は完全に自分のせい。久しぶりだから気合い入りすぎてた」  「ならいいけど」  納得してなさそうな清だったが、彼なりに気づかってくれているのだろう。  幾分か背の伸びた頭をぽんと撫でてやると清は顔を真っ赤にさせた。  「な、なに!?」  「心配かけたのかなって。悪かったよ」  「倒れたって聞いて心臓が口から飛び出すかと思った」  「今度ご飯奢ってやるから」  「じゃあ晶ちゃんの手料理がいい」  「楓さんの食事で育った清に食べさせるのは引けるな」  「晶ちゃんが作ったやつが食べたいの!」  子どものように地団駄を踏んでいる清はまだ遊ぶの!と駄々をこねた子ども時代を彷彿とさせる。  「わかった。今度一緒の現場のときに持ってくるから」  「やった!約束だからね」  指切りげんまんまでさせられるとさすがに恥ずかしかったが清が喜んでくれるならいいか。  「触るな」  清との間を引き裂くように天根が入ってきて、あろうことか肩を抱かれた。  ふわりと香る香水にどきりと心臓が跳ねる。  「撮影以外でもくっつかなくていいだろ!」  「清くんには関係ない」  「関係ないってなんだ! オレも共演者だよ」  「でも晶さんとの絡みはほとんどないよね?」  「昔馴染みだから話くらいしてもいいだろ!」  「先輩には敬語を使おうか」  にっこりと天根は微笑んだが、その表情は寒気がするほど威圧感がある。確かに芸能界は上下関係に厳しく天根が言っていることは正しい。清は唇を噛み締めて項垂れてしまった。  「……すいませんでした」  「じゃあそろそろ準備しよう」  「清、またな」  不貞腐ているものの小さく手を振ってくれた清に頭を下げて楽屋へ向かう。  楽屋に近づくにつれ天根がどんどん密着していき、部屋に入った瞬間に抱き締められた。  あまりの腕の強さに抜け出せない。  「どうした?」  「なんであいつと仲いいの」  「何度も言っただろ。昔馴染みだって」  「俺だけみててよ」  朝香の役が入っているから晶が他の男と親しくしているのが耐えられないのだろう。朝香は嫉妬深くて粘着質な性格だ。  嫉妬してもらえて嬉しい反面、栗山を晶以外が演じてもこうやって抱きしめたりするのだろうかと頭を過る。  「はいはい。じゃあ早く着替えてスタジオ戻ろう。午後から雑誌の取材もあるんだし」  「……うん」  なにか言いたげだったが、触れずに着替えを始めた。

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