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第33話
二十代から三十代をターゲットにした女性ファッション誌が『それでも、キミが』のインタビューをしたいとのことで、撮影の合間に天根と出版社に来た。
雑誌のインタビューは初めてで緊張する。事前に質問内容は決まっているが、記者によっては予想外のことを聞いてくることもあると葛西が心配をしていた。
売れっ子の天根がBLドラマに出演すること、晶が十年ぶりに復帰と話題性はバッチリだし、向こうからしたら訊きたいことが山ほどあるかもしれない。
移動のタクシーのなかでどんな質問がきても答えられるように念入りに葛西と打ち合わせをして準備は万端だ。
出版社の会議室に通され、すでに記者の女性が待っていた。隣の天根は役を抜く暇もなく、どこか不機嫌そうにしているのでハラハラしてしまう。
「本日担当させていただく東です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
東は短い髪を切りそろえ、大きな耳飾りをしていた。赤い口紅がよく似合い目力が強い。だが目が合うとみるみると涙を浮かべて、ハンカチで目元を拭った。
「私、ずっと南雲さんのファンでして。こうしてお目見えできて嬉しいです」
「そうなんですか。ありがとございます」
「この日を待ち望んでました。しっかりドラマの宣伝さてもらいますね」
「心強いです」
記者故の多弁だろうと上っ面の笑顔を返した。現在は女性ファッション誌にいる東だが以前は週刊誌でゴシップを漁っていた根っからの記者魂があるらしい。
「ではまずこの作品の魅力についてどうお考えですか?」
天根が先に答えた。
「心理描写がとても丁寧で共感を得やすいですね。特に朝香は俺と年が近いので、青さ故の突っ走ってしまうところとか似ているかも」
「僕はガラス玉から覗くように全部がキラキラして見えるのに実は裏側はドロドロしていて裏表があるのを丁寧に描いているのが人間らしくて魅力だと思います。ドラマでも頑張って表現しているので注目してもらえると嬉しいです」
インタビューは予定通りのものばかりで、こちらも安心して答えることができた。
天根も事前に考えていたお陰で役が抜けなくてもスムーズに応えられている。
すべてのインタビューを終えて、次は写真撮影をすることになった。スタジオに移動しながら談笑していると東が鋭く切り込んできた。
「南雲さんが十年間休業されていたのはご両親を亡くしたせいですか?」
しんと静まり返る。突然のことで言葉が浮かばず、固まってしまった。
「事前にいただいた質問以外はNGとしましたよね?」
すかさず葛西が割り込んでくれるが東は意に返さない。
「みなさん、そこを疑問に思ってますよ。なんで今頃出てくるんだろうって」
「東さん!」
「だっておかしいですよね。この十年音沙汰なしだったのに、急に主演で復帰なんて。なにか裏であったんじゃないですか?」
葛西が東を引っ張って行って、どこかへ連れて行ってしまった。
どくどくと心臓が脈を打つ。
両親が死んだことは公にはしていない。どこで嗅ぎつけたのだろうか。
もしかしてアルバイト生活をしていたのも知っているのかもしれない。
プライベートを暴かれるかもしれない恐怖が足元から這い上がってくる。
「晶さん」
天根が手を握ってくれ、その温かさに少しだけほっとする。
撮影も終わりタクシーに乗り込むとほっと息が漏れ、シートに深く沈んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫。平気」
「泣きたくなったら胸を貸すよ」
そのやさしい言葉は穴のあいた心を埋めてくれる。
家について天根に抱きついた。天根はなにも聞いてこず、ただ頭をずっと撫でてくれた。
それが偽りのやさしさだとしても嬉しかった。
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