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第36話

 デートというので緊張していたが、映画を観たりショッピングをしたりと友だちと遊ぶような感じだったので安心した。  クリスマスシーズンを迎えた街はツリーやサンタクロース、スノーマンなどを飾り、赤、緑、金色の電飾で星のようにキラキラと輝かせている。  非日常的な風景のなかを歩いているだけで気持ちが浮かれ、周りを見渡しては感嘆の声をあげた。  「いつも下向いてたから新鮮だ」  「どうしてですか?」  「元天才子役だって噂されるんだよ。それがずっと嫌だった」  「俺も似たようなものです。ソラを求められることが多い」  「戦隊の印象は確かに残るよな」  「長く続いているシリーズですからね。視聴者は子どもメインだから普通のドラマとは勝手が違います」  そう呟く天根の口から白い息が漏れた。厚着をしてきたが、夕方になると一気に冷え込む。  「結構規制が厳しくて。食べ歩きしちゃダメとか信号は点滅したら渡らない、酒・煙草は外では嗜まないとか」  「生活も制限されるのはしんどいな」  「それが約二年続いたのでもう染みついちゃってるんです。だからソラになってるのが普通になっちゃって、自分が本当はどんな人間だったか迷子中です」  どこか遠くを見つめる天根の横顔は悲しそうに見えた。役が邪魔をして、自分を見失っている。憑依するたびに自分という本質を削られて身を細くしているのだ。  「でもいまはソラじゃん」  天根の仕事後に外で合流したので役を抜く時間はなかった。  「晶さんといると自然にソラになれるんです。そばにいると落ち着く」  その言葉に心臓を掴まれたように苦しい。つまり晶の前だけは素に戻れる特別な存在だと言われているようなものではないか。  (もしかしていま告白?)  都合よく考えすぎか。  クリスマスの雰囲気とリラックスした天根に浮かれて都合のいいように考えているのかもしれない。  「そんなこと言ったら誤解されるぞ」  「……告白だったんですけど」  「ごっこの延長だろ?」  そう問うと天根は渋面を作った。  「だって僕が栗山を演じているから恋人ごっこを提案したんだろ。他の誰かが演じていても同じことするだろ?」  「晶さんだから提案したんです」  「じゃあキスしたのは? 僕以外の人が同じ状況でいたらキスする?」  「晶さんじゃなかったらしません」  「じゃあさ」  堰を切ったように溜めていたものがどんどん溢れてくる。キスをしたのも抱きしめてくれたのも、自分が栗山を演じなかったら他の誰かにしていたんじゃないかと。  それがとても腹ただしい。  つまり誰でもよかったということになる。自分じゃなきゃいけない理由にはならない。  熱が入ってどんどん声が大きくなっていき、悲しくないのに涙がこみあげてきて、喉に力をいれて耐えた。  だんだん頭のなかがこんがらがり自分でもなにを言っているのかわからなくなってきた。  ただすごく腹の底から苛立ちが湧き出てきて止まらない。

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