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第38話
「あとは? この際だから全部吐き出しちゃいましょう」
「……僕が芸能界に入った理由を知りたい?」
天根が驚いたように目を見張って頷いた。
「赤ちゃんのときに母親が事務所に入れてくれたんだ。そこから縁が繋がって『僕らはなんでも屋』の主演を果たした」
乾いた唇を舐める。
「でも『なんでも屋』の撮影が始まる前に両親は事故で死んだ」
監督やスタッフはキャスト変更しようと打診してくれた。
けれど母親が最後に残してくれた芸能界に意地でもしがみついていないと自分を保てないと思い頑なに拒んだ。
感情を殺してキリカンになると驚くほど溶け込んだ。でもスタジオを一歩外に出ると駄目だった。家事や勉強をしていないと両親のことを思い出して泣いてしまう。
そしていつしか完璧を求めるようになり撮影が終わると同時にぷつっと切れた。
もう応援してくれる両親はいないのだから頑張っても意味がない。
なにをしてもキリカンと言われるだけなら、全部捨ててしまおうと思った。
でも走るのを止めてもずっと苦しい。
「そんなときに天根に会った。生活に支障が出るくらい役にのめり込むおまえをすごいと思ったと同時に怖かったよ」
「怖い、ですか?」
「僕は演技が好きだ。役者という仕事を愛している。その気持ちを思い出させられるのがたまらなく怖かった。また苦しい思いをしたくない。でも同時に望んでいたんだと思う」
天根が役に入れば入るほど触発されて、演技の世界に帰ってきた。
だから再び舞台に立てる勇気をくれた天根を好きになったのだ。
好きってこんな気持ちなんだな。尊敬と嫉妬が混ぜて出来上がった好きという感情は確かに一言では説明できない。その答えに辿り着くと背伸びしても届かなかった花に触れられたような気がする。
「ご両親からとても愛されていたんですね」
「そうかな?」
「だっていつか自分たちがいなくなっても思い出だけは残そうとしたんじゃないですか?」
その言葉にぱっと映像が浮かぶ。
オーディションに受かるたびにお祝いだと晶の好物ばかりの食卓にしてくれ、仕事の合間を縫って嫌な顔一つせず毎日送迎してくれた母。
ファストフードのCMに抜擢されたとき食べきれないくらいハンバーガーを買ってきては母に怒られていた父の姿。
どれも大切な思い出だ。しっかりと胸のなかにある。
ほろほろと涙が溢れる。いつしか追い詰める存在になっていた母親からこんなにも素敵な贈り物をもらっていたことに気がついた。
「これを見てください」
天根は鞄から白い箱を取り出す。古びたそれは見覚えがあった。
「オルゴール」
「晶さんのファンクラブに入っていたときのものです。いつもこれを部屋で聞いて役をリセットしてたんです。そうしたら晶さんに近づける気がして」
「企業秘密ってこれだったの」
「そうですよ。それに役者になったのも晶さんに近づけるかなと思ったからです」
「ストーカーじゃん」
「俺、同担拒否でかなり強火オタクな自信がありますよ」
「こわ」
「清くんにもかなり嫉妬してます」
なんだそれと笑うと天根も目を細めた。でもそうやって追いかけてくれたからいまこうして立っていられるのかもしれない。
「俺と付き合ってくれますか?」
「えっと」
「ここまで語っておいてノーの訳ないですよね」
「オタク怖いな」
「晶さんにだけですよ」
「……こちらこそよろしくお願いします」
手を差し出すとぎゅっと握り返してくれた。まるで外交が成功した政治家の気分だ。付き合うってもっとロマンチックじゃないのか。
けれどいまスタートを切ったばかりの恋なのだから、これくらいが丁度いいのかもしれない。
恋人関係とは書面のない契約だ。気持ち一つで破綻もする危うい関係。けれど逆に言えば生涯共にする関係にもなり、それがコインの裏表のように一体化している。どちらに転ぶかは自分次第。
天根の手のひらが火傷しそうなほど熱く、しばらくその熱が残っていた。
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