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第47話

 「こんなところにいたんだね」  「監督、お疲れ様です」  「お疲れさん。肉食べてるの?」  『それでも、キミが』の監督に見つかってしまい気恥ずかしい。高校生の清ならガツガツ食べていても許されるが、成人の晶だと大人げなさが浮き彫りになる。  頰を赤らめると監督は笑った。  「まぁいいじゃない。若いんだからたくさん食べときな」  「……ありがとうございます」  「君は楓さんとこの?」  「はい! 楓清です。先日はお世話になりました。これからもよろしくお願いします!」  会場内に響き渡る大声にみんなの視線がこちらに集まる。ちょっとボリューム落として、というと白い歯を覗かせた。  「こんなところにいた! 清くん、帰るよ」  マネージャーらしき男が走ってきて、清の腕を掴んだ。  「えぇ〜まだ全部食べてない」  「未成年はもう帰る時間だから」  「仕事じゃないからいいじゃん」  「いいから、早く!」  「ちぇ……じゃあ晶ちゃん、またね」  「気をつけてな」  清は渋々とマネージャーに連れて行かれてしまい、手を振って見送った。  残された監督となにを話そうかと頭を巡らせているとふいに腰を撫でられる。偶然ぶつかっただけかと思っていたが、その手に身体を引き寄せられた。  横をみやると無精髭の口元はにやにやといやらしい笑みを浮かべている。  監督にはよくない噂があった。腕前はピカイチだが、セクハラ、パワハラが横行していて誰も出たがらない。オーディションがやり直しになったのもそのせいだ。  ただ『それでも、キミが』の現場ではそういう場面に出くわさなかったのでただの噂だろうとのんびり構えていたらこのざまだ。  もしかして監督の好みだから採用されたのだろうか。完全に舐められている。  自分がどんな思いでオーディションに挑み役を掴んだのかまるでわかっていない。栗山という人間を理解し、演じることの難しさにぶつかりながらも努力を惜しまなかったというのに。  (悔しい)  こんな惨めな思いをしないと作品に出られない自分の実力のなさに奥歯を噛んだ。  「ではビンゴゲームを始めます! ビンゴした方からみなさんが持ってきてくださったプレゼントを選んでください」  司会のアナウンスに会場の明かりが消え、壇上だけが光っている。  監督の身体はさらに密着し、脚の付け根を撫でられ嫌悪感で肌が粟立つ。  距離を取ろうとしてもすぐに詰められ、壁側に追い込まれてしまい逃げ場がない。壇上の明かりが届かないはじっこは暗く、なにをされているのか誰にも気づいてもらえないだろう。  さすがに怖くなってきた。もっと酷いことをされたらと恐怖で身体が固まってしまい抵抗ができない。  「上に部屋取ってあるから行く?」  喉が引きつって声がでない。こんなの了承しているようなものじゃないか。好き勝手に身体を触られ吐き気がするのに抵抗できない弱い自分に情けない。  「ビンゴ!」  場内が静まるほどの大声に意識を向けると腕を直線のようにまっすぐに上げた天根がスポットライトを浴びていた。  「さすが期待の新人。ビンゴ一番は天根尚志さんです! プレゼントを選んでください」  「ありがとうございます」  天根は紙袋を手にし、そのままこちらに来て手を掴まれた。  「監督お疲れ様です。このあと仕事があるので帰りますね」  「え、あぁ……」  「失礼します」  握られた手は折れてしまいそうなほど強い。そのままタクシーに乗り、寮へ向かう道中はなにも話せなかった。

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