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第50話
塩を取ろうと手を伸ばすとカラカラと小気味よい音とともにバスケットが回転する。容器を取り、肉に振りかけ、元に戻すとまたカラカラと回った。
その様子を満面の笑顔で天根が眺められていて、なんとなく気恥ずかしい。
「貰ったってこういうことかよ」
「はい。晶さんが選んだものはごみでも欲しいので」
「それもうストーカーだろ」
先日のクリスマスパーティーで晶が選んだ観覧車の調味料ラックはビンゴゲームで一番に揃った天根が持ち帰った。
散々悩んで決めたものが天根のせいで自分が使う羽目になっている。だが質素だったキッチンがオシャレに彩られたので料理をする気分が上がるのも事実で強くは責められない。
焼いた肉を弁当箱に詰める。卵焼き、蒸した野菜、おにぎりとステーキ。脂質重視の弁当だが我ながら上出来だ。
「料理してる姿いいですよね」
「いつも見てるだろ」
「なんかムラムラします」
いつのまにか腰に手を回され唇を奪われる。すぐ離れていったのに口のなかに甘さが残った。
「てか仕事いいのかよ」
「葛西さんまだ来てないから」
「下で待ってるかもしれないだろ」
「インターホン鳴ったら降りますよ」
「そんなんで……んんっ」
再びキスをされ、舌が入ってくる。抵抗しようと腕を突っぱねるが簡単に丸め込まれてしまう。
キスに夢中になっているとインターホンが鳴り、唇が名残惜しく離れていく。
「年の瀬まで仕事なんで嫌だな」
「それだけ人気ってことだろ」
「元旦もあるし」
「生放送観るよ」
そうこうしているともう一度インターホンが鳴り、モニターに葛西の顔が映っている。なにか言っているようだが通話ボタンを押していないのでわからない。
「葛西さんしつこいな」
「素の天根って結構口悪いね」
「いや?」
「別になんでも好きだよ」
「……このままベッドに直行したい」
「莫迦なこと言ってないで早く行きな」
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関まで見送り、弁当箱を渡すと再びキスをされた。反論する余地もなく天根は颯爽と出て行く。
天根は年末年始までびっしり仕事が詰まっている。かたや自分は一昨日で仕事納めし、仕事始めまで数日空いている。
このスケジュールの差に内心焦っていた。
天根のスケジュールは二年先まで埋まり、休日もない。晶は来月からドラマ撮影が始まるがその後は単発の仕事がある程度だ。
『それでも、キミが』の映画化は決まっているが天根のスケジュールの余裕がなく、調整が難航しているらしい。でもあと二年なんか待っていたら話題が風化してしまう。
ドラマの映画を作るなら鮮度が大事だ。公開するなら早い方が視聴者も観てくれる。それは上層部も事務所もわかっているので天根のスケジュール調整にてんやわんやしているようだ。
恋人が売れっ子で嬉しい反面、自分との差を無意識に比較してしまう。そうなると気持ちはどんどん落ち込む。
気を紛らわせるために休みに入ってから掃除をしていたら、どこもかしかもピカピカになってしまいやることもなくなった。
おせち料理も年越しそばの下ごしらえも完璧だ。
ぼんやりとテレビを観ているとポンと通知が鳴った。スマートフォンを見ると清からのメッセージがきている。
[晶ちゃん、暇? ちょっと出かけない?]
天根の生放送までまだ時間がある。家にいてもやることはないし、いい気分転換になるかもしれない。
[いいよ]
二つ返事をして出かける準備をした。
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