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第52話
「そろそろ行こっか」
「てかどこ行くんだよ」
「ついてくればわかるよ」
目的地を教えてもらえず清の隣を歩いていると大きな建物が見えてピンときた。
「歌合戦?」
「そう、関係者席でね。まだ秘密だけど来年の大河出ることになってそれで取ってもらった」
「まじか。おめでとう」
大河に出るなんて大したものだ。年下で弟みたいな清が一歩も二歩も先に進んでいる。
自分はまだその場で足踏みをしている状況だというのに。
席に座るとステージはまばゆいスポットライトが降り注ぎ、ここが芸能界の頂点だと言わんばかりに堂々としている。それに反して観客席はわずかな明かりのみで暗い。
まるで天国と地獄のような絵面だ。
番組が始まり、天根が審査員席に座る後ろ姿が見えた。隣の大物俳優たちと談笑している。
「天根……さんは審査員か」
「今年の大河に脇役で出てたからな」
「さすがだなぁ。全然追いつけない」
「遠いよな」
実際は家に帰れば手を繋げるしキスもできるがそうじゃない。俳優としての人気差が歴然としている。こうして年末年始に仕事がなくぷらぷらしているのがいい例だ。
有名なアーティストが入れ替わりで歌やダンスを披露していく。会場は盛り上がっているのに晶の気持ちは空洞のままだ。
前を向いていた清がふとこちらに視線を向け、声をひそめた。
「天根さんと付き合ってるの?」
「へっ?」
頬が熱くなり、叫びそうになった口を押えた。嘘をつくのを上手くなりたいと言っていたのにこのざまだ。
清は目を伏せて、どこか悲しそうな表情に変わる。
「やっぱそうなんだ」
「やっぱって?」
「だって天根さんってずっと晶ちゃんのファンだったじゃん」
「そうなの?」
「雑誌やバラエティで昔から公言してたよ。てか知らなかったの?」
「うっすらとしか」
ファンクラブに入ってくれていたと言っていたが、まさか芸能人になっても公言していたとは思わなかった。
「イケイケどんどんで押されまくって落ちたって感じ?」
「あながち間違ってはないかな」
恋人ごっこをしようと提案したのは天根だ。それに乗っかり、本当に好きになった。
「はぁ~聞いてて辛くなってきた。帰ろ」
「お、おい! 清!」
まだ番組は終わっていないのに清は帰ってしまった。悩んだが放送を観ると約束した手前、いま帰ったら番組が全部観られない。
仕方がないので最後までいることにした。これだけ距離が離れているから気づかれないだろうし、先に帰れば家で天根を出迎えることができるだろう。
歌と歌の間に司会者が次の曲の説明を始めている最中に天根が隣の女優に抱きつかれているのが見えた。年は楓くらいだったはず。大河を何度も出ているベテラン女優だ。
天根の肩に頭をのせていたり、胸を密着させている。
むかむかと腹の底から怒りが込みあげてきた。
(天根に気やすく触るんじゃねぇよ!)
そう叫びだしたいのをぐっと堪えた。
天根は困ったように掴まれた腕を離そうとしているが、女優も食い下がる。そんな頬を擦りつけたらファンデーションが衣装につくだろ!
天根の気持ちが揺らがないのはわかっている。でもこういうときにふと不安になるのだ。
付き合っていると公言していたら天根に色目を使おうとする人たちに牽制できる。
実際公言しているカップルは芸能界でも多くいるが、どれも異性同士だ。同性同士はほとんど見ない。
日本では同性婚は認められていないし、偏見をなくそうという活動は広まっているが意識が変わるのにはまだ時間はかかるだろう。そもそもみんなに認められるなんて無理な話なのだ。
歯痒い思いで睨みつけているとふと天根が後ろに振り返った。観客席に座っているファンたちは天根くんがこっち見たと騒いでいる。
席が離れているはずなのに天根の視線がじっとこちらに向けられているような気がした。
しばらくして天根は前に向き直り、女優をどうにか引き剥がしていた。
ばくばくと心臓が鳴りやまない。もしかして気づかれただろうか。
(これだけ距離が離れているから大丈夫だろう)
そう言い聞かせて早鐘を打つ胸を落ち着かせるがなかなか大人しくなってはくれない。
そのあと天根は一度も振り返ることなく、コメントを求められて会場は盛り上がっていた。
歌番組が終わり出口へ向かう人込みの流れに乗っかって駅へと向かう。ただじっと自分の靴先を睨みつけながら歩いていると見慣れたスニーカーが前に立ちはだかった。
恐る恐る顔をあげると帽子と眼鏡にマクスをつけた天根がいる。変装しているが見る人にはバレてしまう。
だが道行く人はまさか番組に出演していた天根がここにいるとは露ほども思っていないようで、人波は途切れることがなかった。
「あま…… 」
名前を呼ぶわけにはいかない。なんて言おうかと悩んでいると手を取られ、人込みから抜け出した。 近くには大きな公園がある。
日中は子連れやカップルがレジャーシートを敷いている野原に人気はない。もうすぐ年明けだからほとんどの人は近くの神社に向かっているようだ。
周りに人がいないのを確認して木の影になる場所に連れて行かれ、抱きしめられる。
ふわりと香る女性ものの化粧品の匂い。甘ったるくて気持ち悪い。
腕を突っぱねて鼻を押さえた。
「その匂いやだ」
「すいません。あの人しつこかったから」
なおも抱きしめようとする天根の腕から逃れた。
「やだ」
「晶さん」
「やだったらやだ!」
子どもみたいに駄々をこねる晶に天根は両手をあげて降参を示した。距離をとって木の陰に隠れる。
「……歌番組は?」
「晶さんが見えたので終わったら速攻着替えてきました。ちゃんとマネージャーに許可とってます」
「あのなぁ」
放送が終わったからといって仕事も終わるわけではない。反省会を開いたり、来年度に向けての改善点を打ち合わせたりする。
それに今日は大晦日だ。
スタッフ、共演者みんなで新年会を開くはずだっただろうに。
(でもそれを全部飛ばして僕のとこに来てくれたんだよな)
ちょっとだけ留飲が下がった。顔を出すと天根がふわりと笑う。
「もうすぐ年明けますよ」
腕時計を確認した天根が夜空を見上げるとごーんと鐘が響く。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう」
喧嘩っぽい流れだったがここは大人として礼儀をわきまえてしまった。天根はふふっとくすぐったそうに笑う。
「こんなときでも真面目ですね」
「天根が先にしてきたんだろ」
「そうでした。近寄ってもいいですか?」
「なんでそうなる」
「年明けたからキスしたい」
突拍子もない言葉に咳きこんでしまった。でも天根のゆるんだ笑顔を見たらなぜ怒っていたのかわからなくなってしまう。
天根に近づいて襟元を引っ張った。背伸びをして顔を寄せると柔らかい感触が唇に触れる。
驚いたように目を見開いていたが、すぐに屈託のない笑顔になった。
「ねぇ、なんで怒ってたんですか?」
「うるさい! もう帰るぞ」
「教えてくださいよ」
「莫迦! もう知らない!」
身を翻して駅へと歩き出すと手を繋がれた。指を絡ませて手のひらをくっつけられると心まで一つになれたような気がする。
「こんなの誰かに見られたらどうすんだよ」
「公園出るまで」
「人が来たら離すからな」
「もちろんです」
そう言いつつも誰も来ないことを祈りながら指をきつく結んだ。
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