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第53話
年明けにドラマの撮影が始まった。初めての刑事役で腹黒王子のヒロインだった小城とバディを組む。
晶はエリートの新米刑事役で小城は女子大学生役で笑いあり、涙あり、サスペンスありの恋愛ドラマだ。
喝をいれて以来なにかと小城が連絡をくれるようになり、気心を知れているだけにやりやすい。
現場の雰囲気もよく、スタッフもいい人ばかりで終始リラックスして撮影ができている。
ただドラマの番宣を兼ねて朝のニュースやバラエティ番組に呼ばれることが増え、苦痛の連続だった。
台本通りのやり取りならうまくこなせる。だが無茶ぶりを要求されることも多く、特に「変顔しながら生原稿を読んでください」というのが難しく、より目をしたら肝心の原稿が読めなくて時間切れになってしまいスタジオの空気を悪くさせた。
そういうときすかさず小城がフォローしてくれる。「なんでより目しちゃうんですか!」と突っ込んでくれるので他の出演者たちからも笑ってもらえてどうにかやり過ごした。
歌番組やバラエティ番組に呼ばれることの多い小城はトークが面白く、ワイプでのリアクションも表情豊かで見ていて飽きない。
歌や演技だけでなく多才な小城に頭が下がる。
努力を惜しまず、才能にありふれた人たちのなかにいると自分はなんて凡人でつまらない人間なのだろうと落ち込んでしまう。
「南雲さん? 聞いてますか?」
「全然聞いてなかった」
「そこは嘘でも聞いてるって言ってくださいよ」
「ごめん」
「やだ。冗談なんですから真に受けないでください」
からかわれていると理解するまで数秒を要した。絶賛落ち込み中にはハードルの高い会話だ。
マネージャーや数人のスタッフ、共演者を交えて親睦会という名の食事会に来ていた。ずっと上の空でいたのでなにを食べたのかなにを話していたのか覚えていない。
周りを見るとすでに店の外にいて、小城以外誰もいなかった。
「あれ? みんなは?」
「二次会に行きました。いま私たちはマネージャーがタクシー拾いに行ってくれているので待っているところです。さっきも言いました」
「そうだね。ごめん」
「なにか悩み事ですか?」
くるりと上を向いた睫毛を揺らし、遠慮がちにコートの裾を引っ張られた。
「じゃあもう一軒行きます?」
「二人っきりはちょっと」
「撮られたら困る?」
「お互い様でしょ」
「そうですね」
コートを掴まれた手を払った。小城は気分を害した様子もなく続ける。
「私、また南雲さんの共演できて嬉しいです。さっきも言ったけど」
「僕も嬉しいよ。小城さん、どんどん演技が上手くなってる」
「ありがとうございます。頑張ります!」
拳を突き上げるような小城の仕草に笑った。見た目とのギャップがありすぎる。
道の向こう側を見るとちょうど乾と小城のマネージャーが小走りで戻ってきた。
「タクシー来ました。では帰りましょう」
「今日はありがとうございました。明日からもよろしくお願いします」
形式通りの挨拶を交わし、タクシーに乗り込んだ。
家に帰ったが明かりは点いていない。天根はまだ帰って来ていないようだ。
確か今日は郊外で撮影だったから帰りは深夜になるかもしれないと言っていた。
晶のドラマ撮影が始まったと同時に天根も映画の撮影が入り、同じ家に住んでいるというのにすれ違いの日々を過ごしている。
仕方がないとはわかりつつも寂しさに急き立てられるようにその日は早く眠った。
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