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第54話
まだ朝日がのぼっていない暗がりのなかでスマートフォンの着信音が響く。ベッドから飛び起きて画面を見ると田貝の名前が表示されている。嫌な予感しかしない。
「……もしもし?」
『大変なことになったぞ』
「なんですか?」
田貝の切羽詰まった声にベッドの上で正座をした。
『さっき出版社から連絡きたんだが、晶と小城さんの熱愛記事を出すと』
「なんですって!?」
『確か昨日の食事会は共演者やスタッフの他にお互いマネージャーもいただろ』
「はい。でもタクシーを迎えに行っている間は二人きりでしたけど」
『はぁ……気をつけろって言ったのに』
「ほんの五分くらいですよ」
『写真撮るのには十分だ』
「そんな」
まさかあの一瞬で写真を撮られてしまうなんて。 元々マークされていたのだろうか。
人気アイドルグループの小城とのスキャンダルなんて注目の的だ。
だが世間体よりもまず最初に思ったのは天根への言い訳だった。浮気をしたと思われたくない。
『とりあえず今日の生放送出演は取りやめるから。事務所としても訂正してもらえるようにする』
「すいません」
『ドラマ撮影中は絶対マネージャーから離れないようにね』
まるで子どもに言い聞かせるように何度も繰り返して田貝は電話を切った。
(これはまずい)
きっとテレビや新聞、ネットニュースのトップは自分たちの熱愛スクープで持ち切りだ。
熱愛報道は時間との勝負。早めに手を打っておかないとどんどん燃え広がってしまう。しかもいまはドラマが放送している。
共演者同士が付き合っているという噂はドラマ撮影中よくある話だが、写真を撮られていたらこちらの分が悪い。例え事実ではないでも、だ。
とりあえず事務所に行かなくてはと慌ててリビングへ向かうとキッチンの明かりが灯っており、天根が観覧車の調味料入れを眺めていた。
その横顔は感情が読めない。ただ茫洋とした立ち姿で田貝との会話を聞かれたのだと悟った。
「帰ってたのか」
「熱愛ってなんですか」
「それは誤解で」
言い終わる前に唇を奪われた。キスなんて生やさしいものじゃない。八重歯が唇に刺さり、鉄の味が口に広がる。
乱暴に押し倒されて床に頭を打ちつけた。衝撃に目を回していると天根の冷たい手がスウェットの隙間から入り込んでくる。
「待って、やだ」
涙が込み上げてきた。恐怖に身体が竦む。
「……尚志」
ぽろぽろ涙が頬を伝う。顔を真っ赤にしていた天根の顔が次第に青白くなっていく。
「……すいません。俺……なんてこと」
血が滲んだ唇を撫でられてじくりとした痛みが走る。だが青い顔で項垂れる天根のほうが気がかりで肩を撫でてやるといまにでも泣きそうに顔を歪めた。
「頭大丈夫ですか?」
「このくらい平気だ」
後頭部を擦ると小さなコブがあったが無視した。それよりも天根の方が心配だ。
「さっきの会話聞こえたよな」
「風呂から出たら声が聞こえて……つい聞き耳を立ててしまいました」
「いいよ。僕も脇が甘かった」
「二人がお似合いだって思ったらどうしようもなく苛立って」
「それ本気で言ってるのか」
睨みつけると天根はまるで飼い主に怒られた犬のように尻尾を垂らしているように見えた。
そのいじらしい態度に胸がきゅっとなる。愛しさが溢れてきて、まだ生乾きの天根の髪に指を這わせた。
「会社も動いてくれるし、しばらくしたら落ち着くだろ」
「でも」
「まだなにかある?」
「小城さんとはなにもないんですか?」
「僕が付き合ってるのは誰よ」
「俺?」
「ならなんもないだろ」
そう言っても天根の顔は晴れない。天根が年末の歌番組で女優と仲良さそうにしていたときが過る。あのとき不安になったことを今度は天根にしてしまった。
「おまえ仕事は?」
「今日は午後からです」
「じゃあまだ時間あるな」
着ていたスウェットを脱いで天根上に覆いかぶさった。
「僕が誰のものか教えてやる」
首筋に顔を埋めて何度もキスをした。痕がつかない程度に力を込めて繰り返すと天根の息が小刻みに速くなる。
下着ごとズボンを脱がすと天根の性器は硬くなっていた。興奮してくれているという事実に体温が上がる。
性器を手で包み、上下に扱く。同じ男だからどこを感じるのかなんとなくわかるが初めてなので力加減が難しい。
根元を強く握り、くぼみに指を這わせると官能的な吐息が降りかかる。天根は快楽に耐えるように眉根を寄せていた。
気持ちよくさせているという自信が追い風になる。
亀頭から先走りが溢れ、物欲しそうに訴えかけられている気がして躊躇わず口に含んだ。苦いような甘いような不思議な体液を舐めとる。上下に扱きながら舐めるのは難しいが、拙いながらも気持ちよくさせたくて夢中だった。
「晶さんっ!」
頭を押さえつけられて喉奥まで性器が挿いってきた。
天根は遠慮がちに腰を振り、歯を立てないように気をつけながら性器をめいっぱい吸う。
「でる……離して」
天根が腰を引こうとするが、舌で絡めて離れまいとした。一度強く脈を打ち、咥内でさらに大きくなったと同時に熱いものが口に広がる。
一滴残らず舐めとって口を離すと歯を食いしばった天根と目が合った。
琥珀色の瞳が鋭さを増す。欲情に濡れた目には同じような顔をしている自分が映った。
とんと軽く押されただけで呆気なく後ろに倒れ、天根の背中に腕を回した。
唇を重ねたまま性急にズボンを下ろされた。天根が指を見せつけるように舐め、それをぐっ
と押し込められる。
蕾は天根が欲しくて堪らないと訴えていた。
余裕のない動きは快楽を惜しげもなく与えてくれる。鼻にかかる甘い声を何度もあげた。
指がどんどん増やされ、さすがに苦しい。短い呼吸を繰り返していると天根は耳元に顔を寄せた。
「苦しい? でも止めてあげない」
熱い吐息に火傷しそうだ。
一度達しても萎えない雄をあてがわれ、期待で胸が躍る。一気に最奥を突かれると衝撃の強さに達してしまった。
「あっ、あぁ……」
「挿れただけでイっちゃったの? まだ終わりじゃないよ」
天根は腰を前後に揺らし、的確に弱いところを突いた。その度に亀頭から先走りが飛び出る。
苦痛より快楽を与えられ続けられる方が辛いとこのとき初めて知った。
だめ、やだ、と何度訴えても律動は激しくなり追い詰められる。
また高みを昇った性器は硬さを増す。出そうになった寸前のところで根元をぎゅっと握られ情けない声をあげた。
「あっ、なん……やだっ、離して」
「一緒にイきましょ」
「やっ、あぁ、あっ、あ」
出せない欲が全身を駆け巡る。頂点はもうすぐそこまで迫っているのにおあずけを食らわせられ、涙や汗となって溢れた。
意識が飛びそうなほど気持ちいい。こんなこと続けられたら莫迦になる。
泣いて懇願するとようやく手を離され、すぐに射精した。追いかけるようになかに熱いものが注がれて力なく受け止めた。
いきすぎた快楽に全身が犯されて余韻に身体が小刻みに痙攣している。
ぼんやりしていると頬を撫でられ、天根に視線を向けた。
「大丈夫ですか?」
「死にそう」
「すいません。がっついちゃった」
「これから事務所行くのに」
「俺も付いて行きます」
まさか田貝に付き合っていることを話すのだろうか。
目を白黒させているとふわりと笑いかけられた。
「付き合ってることは言いませんよ。後輩として心配して付き添うんです」
「変なこと言うなよ」
「もちろんです」
にっこりと口角を上げる天根にひやひやしながらも着替えて事務所へ向かった。
案の定、事務所前はマスコミが群がっている。裏口にタクシーを停めて急いでエレベーターに乗り込んだ。
社長室の扉を開けると眉間に皺を寄せた田貝と乾の表情はいままでにないほど険しい。
「なんで天根くんもいるの?」
「心配なので付いてきました」
田貝は困惑した様子だったが、すぐに渋面に戻った。
「小城さんとは付き合ってないんだよね?」
「はい」
「向こうの事務所とも話して今回は誤解だという風に声明を出した。出版社にも抗議の連絡はしたよ」
「お手数おかけしました」
「こういう仕事だから仕方がないね。けど今回はタイミングが悪い」
先日ドラマが放送開始したばかりだ。それなのにスキャンダルを出したらスポンサーの印象は悪い。
スポンサーはスキャンダルを嫌う。好感度が大事なので一度問題を起こした俳優は使わないと決めている会社もあるくらいだ。
(せっかくスムーズに撮影は進んでいるのに)
ただ役を演じたいだけではやっていけないのだと痛感する。プライベートを暴いてなにが楽しいのだろうか。しかも今回は完全に誤解なのに世間は小城と付き合っていると認識してしまうだろう。人の生活を踏み荒らして、よってたかってあることないこと話を膨らませて、傷つけるだけ傷つけて飽きたら忘れられる。
なんて残酷なことをするのだろうか。
無意識のうちに唇を噛んでいたらしく、塞がっていた傷口に再び血が滲む。
「晶さん」
手を握られて我に返った。やさしい温もりが怒りに震える晶を包みこんでくれる。
息を深く吐いた。
「撮影に戻ります」
晶の言葉に乾が慌てた。
「スタジオにはマスコミが張りついてるから無理です」
「だとしても小城さんとのことは違うし、ここで仕事を頓挫するほうが嫌だ」
「世間が落ち着くまで大人しくしてるのがセオリーだよ」
「でもそれは他の演者さんには関係ないじゃないですか。撮影に影響はありませんよ」
晶の本来の仕事は役者だ。スキャンダルの餌食にされることじゃない。
「誰も観てないところで演じていてもそれは役者だと言えるかい?」
「え」
「観てくれる人がいて、初めて役者という仕事が成り立つ。僕たちの仕事はオーディエンスがいないとただの独りよがりだ」
田貝の言葉になにも返せなかった。
ドラマや映画、舞台は観客がいて初めて作品としての価値がでる。
ただ演じたいと思っているのはわがままだ。周りのことをなにも見ちゃいないと田貝は言いたいのだろう。
「それに今回のことで小城さんが落ち込んでいるみたいだから撮影は無理だよ。今日は家で大人しくしてなさい」
「……はい」
スキャンダル皆無のアイドルだった小城の方がダメージは大きいだろう。そんな簡単なことも想像できないくらい自分しか見ていなかった。
「一度帰りましょう。送りますから」
天根に背中を押されて、再びタクシーに乗った。
寮にまで記者は来ていたが、駐車場は地下で住人以外は入れない仕組みになっているので写真を撮られることなく帰ってこれた。
荷物をまとめた天根は深く帽子を被る。
「できるだけ早く帰りますね。今日はテレビやSNSはみないようにしてください」
「わかった」
「行ってきます」
天根を見送りリビングのテレビをつけた。ちょうど昼のニュースの時間帯でどのテレビ局も小城とのスキャンダルについてあれこれと好き勝手にトークを繰り広げている。
芸人や大物タレントたちのなかに混じってラジオで共演したマサキもいた。
マサキは鼻息荒くして前のめりになっている。
「南雲くんは絶対スキャンダル出ると思ってましたよ!だってむっつりそうじゃないですか」
どっとスタジオ中から笑い声が響いた。ほんの一回共演しただけでなぜここまで言われなくてはならない?
テレビを消してリモコンを地面に叩きつけるとフローリングに傷ができた。
SNSで自分の名前を検索すると小城とのスキャンダルを面白おかしくネタにして、笑いをとるものや罵詈雑言を書き殴っているアカウントもあった。
その言葉たちが心を深く傷つけるのは容易い。
観てくれる人がいてこそ役者ができる。
けれどその観てくれる人の辛辣な言葉に傷つけられ血を流しても演じなければならないだろうか。
スマートフォンを放り投げ、膝の間に顔を埋めた。
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